緊張感が漂う法廷の場。検察とはどういう仕事なのか。23年間検事を務め、現在は弁護士の村上康聡さんは「検事の仕事は生真面目だけでは務まらず、周囲の信頼を損なわないよう臨機応変に対応しなければならない。特に法廷の場ではそれが試される」という――。(第2回)

※本稿は、村上康聡『検事の本音』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

ガベルを持つ法廷の裁判官
写真=iStock.com/bymuratdeniz
※写真はイメージです

被疑者の人生を左右する取調べ

検事にとって、真実にたどり着く取調べは、全神経、精神を集中して当たる、被疑者との真剣勝負の場である。

取調べに与えられた時間は有限であり、緊張する。それは被疑者にとっても同じことがいえよう。刑務所で服役することになるか否かの分水嶺、悪事を働いた身とはいえ、自分と家族の将来がかかっている、人生の岐路ともいえる。これ以上ない重要な場面だ。

検事と被疑者、気の抜けない張り詰めた時間。検事は被疑者の言葉を正確に聞き、表情や態度の一瞬の変化も見逃してはならない。私は、否認事件の場合には、被疑者の前では、事件記録を置かず、メモも取らない。事件記録を置いていることで、この程度の量なのかと考えられてしまうのを恐れるからだ。また、内容を見られてしまうのを避けるためでもある。

記録を見ながら取り調べることも、被疑者にあらぬ誤解を与えることにつながる。検事はよく理解していないから記録を置いているのかと思わせてしまう。そういうこともあり、記録を見ながら取り調べるというのは、すでにその段階で被疑者に負けてしまっているともいえるのだ。

取調べ中にかかってくるやっかいな電話

また、取り調べながらメモを取ると、書くときに下を向くので、被疑者への目線が切れてしまう。何を書いているのか、被疑者にはメモの内容が見えるし、目線が切れることによって被疑者に一瞬でも余裕を与えてしまうことにもつながる。

だから、検事は、被疑者が話した内容を懸命に覚えるしかない。ときには、傍らにいる立会事務官にメモを取ってもらうこともあるが、検事とは立場や目的が異なるためか、メモの内容が十分とはいえないことが多い。

そこで、被疑者のいない休憩時間に、記憶した内容をメモに猛烈に書き付けることになる。被疑者との緊迫した闘いの場である取調べ中に電話のベルが鳴ろうものなら、緊張の糸が途切れるとともに、取調べの流れが中断してしまう。

電話は、大抵、警察や上司、参考人からが多い。立会事務官が電話に出るが、たとえ上司からであっても副部長以下の場合には、「取調べ中です。後でかけ直します」と伝えるのが常である。

だが、特に上司からの電話であることを知ると、あの事件のことなのだろうか、どうかしたのだろうか、と不安になって取調べに集中できなくなる。警察署内の取調室は、大部屋の執務室内の一角にある狭い場所であり、電話はないが、ドアを閉めても外の声が聞こえることがある。