「脚フェチ」の谷崎がかしずいた女

谷崎は日本画家・橋本関雪はしもとかんせつの孫として京都に生まれ育った千萬子に奇妙な執着を抱き続け、へりくだって彼女にかしずきました。

彼女の美脚は脚フェチの谷崎にはたまらず、昭和34(1959)年1月には「僕は君のスラックス姿が大好きです。あの姿を見ると何か文学的感興がわきます」という手紙を送りつけます。そして、脚のラインがさらにあらわな「トレアドルパンツ」姿の千萬子に大喜びでした。

明らかに性的に見られ続けていたのですが、それも日常的に谷崎におねだりして、もらったお金を家計の足しやら、ペットの犬の費用にまで回していた千萬子にとっては、パパ活の一環だったのかもしれません。谷崎の頭を踏んだことが、生涯最初で最後の谷崎との「肉体的接触」だったそうですが……。