自民党の新しい総裁に高市早苗氏が選ばれた。近く招集される臨時国会で首相に選出される見通しだ。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「高市早苗氏が掲げる政策の最大の特徴は、右派イデオロギーと左派的経済運営という、本来は相容れない二つの軸を大胆に同居させた点にある」という――。

※10月中旬に招集される臨時国会で高市氏が首相に選出される公算が大きいことから、本稿では「高市早苗首相」という表現を使用しています。

記者会見する自民党の高市早苗新総裁=2025年10月4日、東京・永田町の党本部
写真提供=共同通信社
記者会見する自民党の高市早苗新総裁=2025年10月4日、東京・永田町の党本部

「高市早苗首相」の誕生で日本はどうなるのか

「高市早苗首相」の誕生は、日本政治の“既定路線”を根本から書き換えるポテンシャルをもつ。

戦後の「男性中心政治」から脱し、国家の意思を女性が司るという構造転換は、単なるジェンダーの象徴ではない。

それは、政治・経済・社会のあらゆる回路を再設計しようとする構造革命の始まりにもなる。

高市政権は、右派的イデオロギーと左派的経済運営を同時に抱く、世界でも稀な“矛盾の政治体”。国家を強くしながら支え、市場を自由にしながら導く。

この二重構造は、戦後日本が避け続けてきた「政治が経済を動かす」という命題を、再び国家の中心に据える挑戦だ。

サッチャーの信念、トランプの激情を越えて、高市早苗は構造の知性で国家を再設計しようとしている。

財政と市場、官僚と政治、感情と制度――。

そのすべての矛盾を管理し、国家を再起動させる知的実験。

それが、「サナエノミクス」である。

この論考では、参政党の台頭に象徴される右派再編の潮流、制度内外でせめぎ合う構造的保守の行方、そして女性リーダーとしての存在がもたらす制度変革までを貫き、「矛盾を統治する国家=日本型サッチャリズム」の全貌を分析していく。

経済運営は「左派的」

高市早苗政権の最大の特徴は、右派イデオロギーと左派的経済運営という、本来は相容れない二つの軸を大胆に同居させた点にある。

防衛強化・憲法改正・経済安全保障といった保守の文法を踏襲しつつ、一方で、積極財政・賃上げ支援・中小企業救済という再分配政策を前面に出す。

国家を強くしながら、同時に支える――この二重構造が高市政治の核心である。

戦後日本の政治は、長く「中庸の保守」によって維持されてきた。

官僚と財界の協調を基盤とし、政治が極端な理念対立を避けることで安定を保った。

しかしこの「安定」はやがて「惰性」と化し、社会の構造疲労と経済の停滞をもたらした。

高市政権はその惰性を打ち破るべく、あえて矛盾を抱き込み、相反する要素を同時に駆動させることで、政治のダイナミズムを取り戻そうとしている。

この構造的実験を支えるのは、彼女が掲げる「責任ある積極財政」という独特の経済哲学である。

それは、国家が自ら需要を創出し、雇用を守り、賃金を底上げするという発想だ。

ここでの「責任」とは、放漫財政を防ぐという意味ではなく、国家が経済の未来に対して責任を負うという理念である。

すなわち、国家を“支配装置”ではなく、“経済の推進装置”として再定義する思想だ。