疾患を啓発するたぐいのテレビ広告をよく見るようになった。東京科学大学医学部臨床教授の木村知医師は「視聴者の健康を純粋に願った公益広告かはなはだ疑問だ。医師の立場から見ると、視聴者の不安をいたずらに喚起しているように見える。慌てて病院に駆け込む前に知っておいてほしいことがある」という――。

「疾患啓発CM」は誰のために

「見逃さないで、MCI(軽度認知障害)」というテレビCMをご覧になったことはあるだろうか。母娘と思われる2人の女性が出演、「それ、さっきも言ってたよ。と、娘にいつも心配される」と母親役の女性の困惑した顔がクローズアップされてはじまる、あれだ。

リビングで談笑するシニア女性と娘
写真=iStock.com/lielos
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その後CMは、この母娘のすわる食卓わきに、とつぜん白衣の男性医師が現れる謎の展開となり、「それは、認知症一歩手前の、MCIかも」との言葉に「MCI?」と目を丸くする彼女たちは、次のシーンでは診察室に。画面には「認知機能の低下が気になったら、お医者さんに相談を」というテロップが流される。そして最後、母娘が「見逃さないで、MCI」と笑顔で声をそろえて終わるのだ。

これはいったい何のCMだろうか。MCIという言葉を広く啓発する目的をもった純粋な公益広告なのだろうか。

注意深い方なら、この最後の画面の右下方に医薬品会社のロゴがあることに気づくかもしれない。そう、これは薬剤名こそあきらかに出されてはいないが、疾患の啓発によって医薬品需要を掘り起こす目的もかねたものなのである。

なぜ「薬の名前」を使わないのか

最近、この手のCMは非常に多い。

風吹ジュンさん出演の帯状疱疹の疾患と予防を啓発するCM、「聞いてみませんか? 帯状疱疹のこと」は帯状疱疹ワクチン製剤、藤本美貴さんの出演する新型コロナの早期診断・治療をうながすCMは抗ウイルス薬、といった具合である。

いずれも薬剤の商品名はふせられているものの、結果として、医薬品会社の戦略商品の販売促進につながる仕組みとなっている。

「広告であるにもかかわらず、それが広告であることを隠しておこなう宣伝活動」というと、ステルスマーケティングとの言葉を想起した読者もいるかもしれない。しかし、これらのCMがそうした悪質なものかというと、そこまでは言えない。

CMのなかで薬剤名を明確に宣伝しないことには理由がある。

薬機法(医薬品医療機器等法)によって、特定の医療用医薬品の効能効果を一般消費者に宣伝することが禁じられているからである。

そもそも街場のドラッグストアで消費者の自由意志で購入できる一般医薬品とはことなり、医療用医薬品は、医師が適切な診断のもと適応を判断して投与されるものである。よって、医薬品会社として戦略商品を販促のために宣伝するさいの対象は、一般消費者よりむしろ医師だ。