打ちこわしが「田沼おろし」の決定打に

江戸中期の医者の安藤昌益は『自然真営道』などの著書で、「金銀通用」の貨幣経済を動かす商人たちの「利欲」が、災害を起こす邪気を生むと訴えた(菊池勇夫『江戸時代の災害・飢饉・疫病』吉川弘文館)。田沼と同時代を生きた杉田玄白も『後見草』で、世の中の「奢侈」が目に余り「天変地妖」につながった、と同様の認識を示していた。

「金銀通用」や「奢侈」といえば、田沼時代を象徴する語。打ち続く災害や飢饉は「田沼政治が招いたもの」というレッテルが貼られてしまったのだ。「べらぼう」の第32回「新之助の義」(8月24日放送)にも、そんな状況を象徴する場面があった。

時は天明7年(1787)春。前年8月に10代将軍家治(眞島秀和)が急逝し、後ろ盾を失って老中を辞任し、謹慎を命じられた田沼は、再度登城を許されていた。だが、田沼の差配で米が出されたのを受け、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)が新之助(井之脇海)の長屋に米俵と酒を差し入れ、「やはり田沼様ってのは頼りになりますね」というと、長屋住まいの男女から「田沼のどこが頼りになるってんだ」「米を買えなくしたのはあいつじゃないか」などと集中砲火を浴びた。