テレビ番組の「今月の歌」という企画だった

佐野さんというのは、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)の佐野和彦プロデューサー。のちに「徹子の部屋」のチーフプロデューサーになる人物だ。やなせは、人材が足りない開局直後のテレビ各局に引っ張りだこで、企画も出演も担っていた。

つまり歌手・女優の宮城まり子が司会する朝の番組で「今月の歌」という企画があり、その企画ありきで「手のひらを太陽に」が誕生したということだ。ドラマのように、自然発生的に歌がクリエイトされたわけではない。やなせは「現在、ぼくが作詞した歌の中で一番多く歌われているのは『手のひらを太陽に』だが、作曲はいずみ・たくで、最初に歌ったのは宮城まり子である。今ではこのことは意外に知られていない」(『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)とも書いている。

宮城まり子は当時35歳。社会福祉家の先駆けであり、ねむの木学園を創設した人物として有名だが、もともとは一世を風靡した芸能人。22歳の時「なやましブギ」で歌手デビューして以来、コケティッシュな魅力で男性からの人気があった。