バッタ博士・前野ウルド浩太郎はバッタ研究者である。博士は気づいた。自らが籍を置く研究所が、バッタを倒すための研究所だということに。研究するはずのバッタたちが、同僚たちの手で駆除されていく。現場の事情、組織の現実を前に、バッタ博士が手にした「ひと工夫」とは。

職場の方針は「バッタ退治」

今回の「ひと工夫」であるヤギを商人から購入。(撮影=前野ウルド浩太郎)

2012年9月、大干ばつの前年とはうって変わってサバクトビバッタが発生し、研究所は慌ただしくなった。モーリタニア(国土は日本の3倍)の各方面に、バッタがどこにどのくらい発生しているのかを突き止める調査隊を送りこむ。大量のバッタを発見次第、殺虫剤を満載した防除隊がすみやかに派遣される。砂漠の真ん中からでも無線通信を使って数百キロ離れた首都の研究所本部に情報が届くため、ただちに対策を練ることができる。バッタがモーリタニアのあちこちで発生しはじめると、合計車両50台、総員100名がフル稼働して対応する。

私も調査地を決めるときは調査隊からの情報を利用する。待ちに待っていたバッタの群れが発見され、すぐに調査の準備にとりかかったのだが、手違いでバッタの群れが退治されてしまった。喜んでいる職員の傍らでやりきれない自分。そんな悲劇が3回続いた。バッタを退治することを目的とする研究所と、生きたバッタの調査を目的とする自分。自分が身を置いている研究所が、バッタ研究の天敵だということに気づく。盲点だった。

バッタは過去100年以上にわたり、膨大な数の研究がおこなわれてきたが、いまだに不明な点が多く、合理的な防除技術が確立されていない。このため、大発生がおこってしまったあとの対策としては、大規模な殺虫剤の散布に頼るしかないのが現状であり、広範囲に渡る環境汚染が問題となっている。

サバクトビバッタ問題が解決されない理由は、これまでの研究のほとんどが、このバッタが生息しない地域の実験室内でおこなわれていることにある。生息地での野外調査が十分におこなわれないため、詳しい生態がわかっていないのだ。しかし、本来のサバクトビバッタの生態を知らずに殺虫剤の撒き方だけを向上させようとしても、いつまで経ってもサバクトビバッタの大発生は阻止できないのではないだろうか? バッタがいつ、どこで、なにをしているかという生態を明らかにできれば、その習性に基づいて大発生を予知し、環境に対する負荷のすくない害虫管理技術を開発できるはずだ。私はこれを成し遂げるために、モーリタニアで研究を続けているのだ

この地の人びとがバッタをすぐに退治したい気持ちもわかる。だが、私には以前から温め続けてきた、殺虫剤に頼らずに一網打尽にバッタを防除できるアイデアがある。それをかたちにするためにバッタの現地調査が重要なのだ、とババ所長に訴えた。所長は研究の重要性を理解してくれた。防除の前に調査が優先されることになった。

しかし、手違いがまたおこった。