M&Aは、さらなる規模の経済を求める、補完的な事業を求める、新事業分野や新市場での事業基盤の確立までの時間を短縮するなどの理由で行われるが、そのために買収側は、市場価格よりも高いプレミアムを支払わなければならない。しかし、買収後のマネジメントが難しく、戦略的な狙いが実現されプレミアム以上の価値が生み出されるケースは多くはない。悲観的な見方をする学者は、米国のM&Aの半分は失敗だという。
日本の場合、買収後のマネジメントは米国以上に難しい。その最大の理由は、従業員と会社の間に様々な「書かれざる契約」があるから。書かれざる契約が新しいオーナーに引き継がれるプロセスで複雑な感情的問題が発生するからである。
書かれざる契約の中で最も代表的なものは、終身雇用である。終身雇用は従業員と企業との間の心理的契約であるが、これを契約の文章に直すことは難しい。文章で書くとすれば、企業の側の義務は、企業が深刻な危機に直面しない限り従業員を定年まで雇用し続けることである。しかし、この「深刻な危機」を具体的に特定することは難しい。逆に、従業員の義務は、家庭や個人の側に特段の事情がない限り、自己都合でやめることはせずに企業に忠誠心を持ち定年まで勤め続けると書くことができる。
日本企業が買収防衛策を導入する理由とは
このような終身雇用の書かれざる契約が、買収後の新規雇用者や従業員によってどの程度遵守されるかに関して不確実性が残る。従業員側からすれば、新しい経営者が、書かれざる契約をこれまでの経営者と同じように遵守してくれる保証はない。経営者側からすると、従業員がこれまでと同じような忠誠心を持ち続けてくれるかどうかに関して不安がある。
書かれざる契約は雇用の継続だけでなく、継続雇用を可能にする賃金や処遇についての従業員の期待、会社の責任についても存在している。従業員は、あるポストでどれだけの成果を挙げれば次にどれだけのポストが与えられるかについての期待を持っている。この期待は契約書にはなっていないが、かなりの確実性で実現されると期待することができる。この期待も一種の書かれざる契約と考えることができる。