岡本太郎の意外な愛着
もちろん、藤井さんの手紙だけで存続が決まったわけではない。塔の保存において最も影響力のあったのは何よりも岡本太郎の熱意だ。1974年12月、第二回万博施設処理委員会会議において、岡本は自身の作品の存続を心から訴えた。
この会議の議事録には、岡本自身の作品に対する発言が残っている。
「制作中は永遠に残ることなど一瞬も考えていなかったが、いったん完成すると私から離れてみんなのものになった」
「外国人も自国のパビリオンを最初に言及した後、必ず太陽の塔について話した。外国人にも印象を残した」
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