いつ死刑を執行するかは極秘事項

普段は冷静沈着な米崎が、一昨日から様子がおかしい。妙にそわそわしていて、どこへ行くのか、席を外していることが多かった。携帯型内線電話で連絡がつく状態になってはいるものの、今も行方知れずだ。米崎の予定表には、確か明日の水曜日、〈医学セミナーのため東京へ出張〉と書かれていたはず。だが、いつの間にか、それが消えている。

保健助手の刑務官に死刑執行が知らされるのは、当日の朝だ。二人が同時に欠勤することは、まずあり得ないからであろう。しかし、医務課長は一人しかいない。医務課長がいなければ、死刑自体が成り立たないのである。そうした事情もあり、医務課長には、3日ほど前に、刑の執行が伝えられるらしい。当然、その秘密事項を、他者に漏らしてはならない。

ほかにも、事前に刑の執行を知らされる者たちがいる。警備隊の面々だ。警備隊というのは、所内の規律維持活動や規則違反者への取り調べ、刑場の管理、さらには絞首刑執行の準備もする。そして、死刑執行時は、その中心を担う。

ソウルの古い刑務所
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前日にリハーサルを何度も繰り返す

明朝に執行だとすれば、すでに刑場の掃除は終えているだろう。警備隊にとって最も重要な準備作業は、清掃のあとに待っている。それは、絞首刑のリハーサルだ。

ロープの長さは、事前に調整しておく必要がある。死刑囚の体重と同じ重さの砂袋を用意し、実際にロープに括りつけて、執行ボタンを押す。地下に落下した死刑囚の足底が、床上30センチぐらいの高さにくるよう、何度も繰り返して実験するのである。

寺園の高校の後輩で、この拘置所の剣道部に所属する福留宏典も、警備隊員の一人だ。

昨夜、寺園は、拘置所内の道場で、福留と竹刀を合わせた。だが、まったく気合が入っていないし、心ここにあらず、といった体だった。それを質しても、なんでもありませんと、喉に何かが絡まったような声が返ってくるだけ。稽古が終わっても、ほとんど口を利かない。着替えたあとは、挨拶もなく、道場のある東館1階から、あたふたと出て行った。明らかに、いつもの彼とは違った。

26歳の福留は、今年、警備隊に配属されたばかりだ。きっと刑場の中に入るのも、初めてなのではないか。