「よくある言い方」と「誰も述べていなかったこと」
最後は、やましたさんの「断捨離」です。以下ではやましたさん初の単著であり、その基本的な構想が示されている『新・片づけ術 断捨離』を見ていくこととします。やましたさんによれば、断捨離とは「『断』=入ってくる要らないモノを断つ」「『捨』=家にはびこるガラクタを捨てる」という行動と、その結果訪れる「『離』=モノへの執着から離れ、ゆとりある“自在"の空間にいる私」という状態を組み合わせて作られた言葉です(6p)。そして断捨離は全体として、次のように定義されます。
「モノの片づけを通して自分を知り、心の混沌を整理して人生を快適にする行動技術」(5p)
つまり、モノの取捨選択を通して自らの価値観をはっきりさせるという、これまでに見てきた片づけ観が、やましたさんにおいても中核的な発想とされています。他にも、以下のような言及があります。
「いかに自分が、モノに時間と空間そして維持・管理するエネルギーを与えてしまっていたか。(中略)断捨離ではそれを取り戻そうと言っています」(31p)
「『もったいない』『使えるか』『使えないか』などのモノを軸とした考え方ではなく、『このモノは自分にふさわしいか』という問いかけ、つまり主役は『モノ』ではなく『自分』」(6p)
「断捨離することで『本当の自分を知ることができ、好きになれる』感覚が得られることが最大のメリットです」(25p)
「『清々しい場=聖なる空間』をキープする」(8p)
エネルギーという比喩を用いている点は舛田さん、自己分析を重視する点は小松さん、自らの感覚を重視し、自己肯定を目的の一つとし、自らを囲う自分だけの空間というイメージをもつ(モノが溜まった状態はヘドロの溜まった池や腐敗というイメージで語られ、片づけが行き届いた状態はアユの住む清流に例えられます)といった点は近藤さんと、それぞれ重複するものだといえます。ここまでで、近年の掃除・片づけ本の主張は大体つかんでいただけたかと思います。
しかしやましたさんの主張も多くの点で、これまでの著作にはみられない特徴をもっています。まず、断捨離の着想は、やましたさんが高野山の宿坊に行った際に考えたことや、ヨガ道場で学んだ「断行」「捨行」「離行」という執着から離れるための行法哲学に端を発するものです。つまり明確に、修行というイメージで断捨離という片づけ法は構想されているのです。
また、「自分とモノとの関係性」を結び直すという観点を打ち出し、「モノの奴隷状態」から「モノをコントロールできる」状態へ移行させようとする態度もまた、やましたさんの主張の一つの特異性だと考えられます(39p)。ただ減らすのではなく、モノに対するコントロール能力、モノに対する主体性を確立しようとするのが断捨離なのです。だからこそ断捨離は、ただモノを捨て、節約を謳うばかりではなく、主体的に「どんどん旬のモノを取り入れて」いくことも推奨するのです。これは、旬のモノを楽しんで食べ、あるいは身につけることは「エネルギーの強い」ものを自らの内に積極的に取り入れるためだと説明されています(174p)。
さて、ここまでざっと近年の代表的な掃除・片づけ本について見てきました。掃除(きれいにすること)と片づけ(捨てること)でその主眼は異なりますが、いずれの著作でも、些細な日常の行動が人生と自分を変えられるのだとする点では共通しています。
まずいっておきたいのは、このような掃除・片づけの効用は、20年ほど遡ると、ほとんど誰も述べていなかったということです。掃除・片づけが人生を変える、夢をかなえる、自己分析や自己肯定に役立つといった主張は、今聞くと何となくそうかもしれないと思うかもしれませんが、ごく近年になってみられるようになったものなのです。
では、こうした近年の主張は、紹介してきたような著者の独創性によるものなのでしょうか。率直にいえば、答えはノーです。たとえば舛田さんが述べた、磁場やエネルギーについての話は、特に舛田さんばかりがしている話ではありません。これまであまりとりあげてはこなかったのですが、こうした人智を超えた何ものかとのつながり、いわば「スピリチュアル」な領域への言及は、自己啓発書を読んでいくと、しばしば出合うものです。
ベストセラー上でその系譜をたどれば、1995年に410万部を売り上げた大ベストセラー、医師・春山茂雄さんによる『脳内革命』も「創造主の意志」(30p)に言及していました。春山さんは経営コンサルタント・船井幸雄さんから影響を受けたと述べており(3p)、こうした系譜はさらに遡ることができます。
近藤さんややましたさんに見られる、自分だけの空間を作るという発想も、2004年のベストセラーである原田真裕美さんの『自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本』にみることができます。「バリヤのようなエネルギーに守られた『清浄な自分の空間』」で自らを守ろうという発想です(34p)。
また、日常生活を自己啓発の素材にしていこうとする点では、今までの連載で幾度も述べてきた「日常生活の『自己のテクノロジー』化」という観点が、各著作にもそのまま当てはまるといえます。また、近藤さんややましたさんの著作が、「自分らしさ」や「自分を好きになること」に志向している点でも、第7テーマの女性向け自己啓発書と重複するような向きがあります。
しかし、こう述べてきたからといって、今回紹介した著作が、すべて誰かの著作の焼き直しだというつもりはありません。私は第6テーマ「セルフブランディング」の最後で、自己啓発書とは「差別化に差別化が重ねられていき、それを俯瞰して見ると、あるいは時を置いてみると自動運動しているように見える」メディアだと述べました。掃除・片づけ本についても考えていることは同様です。
このような考え方から掃除・片づけ本に関して取り組んでみたいのは、非常に単純なことです。これらのベストセラーの、何が新しいのか。何が先行する言論から引き継がれ、何が新たに生み出されたのか。これは、第8テーマ「手帳術」の最後で示した「どのように」のアプローチ(http://president.jp/articles/-/9111)を、さまざまな隣接ジャンルの観察を伴いながら実際に試してみるということでもあります。
具体的なチェックポイントを示しておきましょう。(1)掃除や片づけを自己啓発に結びつける着想のルーツはどこか(TOPIC-2)。(2)人生を変える、夢をかなえる、自分らしさを実現するといった個別の着想はいつ頃、誰によって、どのように示されたのか(TOPIC-3)。(3)掃除・片づけ本と隣接するジャンルの動向は影響しているのか(TOPIC-4)。次週から、これらの消化に入りたいと思います。