デジタル空間の選挙運動と「伝統的憲法学」

曽我部教授は「従来、民主主義における自由な言論の重要性を重視する考え方に基づき、憲法学は選挙運動における表現の自由の制約に対して慎重な立場を取ってきた」と説明。むしろ、選挙においては伝統的な憲法学の立場からは、もっと候補者は自由かつ闊達に立場や政策を主張して良いのであって、むしろ、禁則事項の多い「べからず集」となっている公職選挙法もまた、不必要な規制として撤廃してしまうべきだという立場になり得ます。

しかし、デジタル空間における選挙運動の実態は、この伝統的な考え方への再考を迫っているようにも見受けられます。特に今回の兵庫県知事選挙では、YouTuberとして知られる立花孝志さんが自ら立候補しながらも、実質的に斎藤陣営を支援。対抗陣営であり有力候補であった稲村和美さんを積極的にネット上で攻撃する動画を多数掲載し、多くの視聴者を集めていました。

筆者提供
京都大学の曽我部真裕教授(右)。左は筆者=2024年11月18日

新聞・テレビの“形式的な”公平性

その過程で、稲村和美さんの政策に関する誤情報が拡散されたほか、知事・斎藤元彦さんへの問責の場となった百条委員会の委員長を務める県議・奥谷謙一さんの自宅前で街宣活動を行うなど、新たな問題が浮き彫りとなっています。これらを選挙期間中に認められる表現の自由という文脈で憲法が保障して良いのか、という問題はどうしても議論となるのは当然です。

メディアの分断において、特にレガシーメディアとされる新聞やテレビなどの選挙報道で特に深刻なのは、レガシーメディアが選挙期間中に形式的な公平性・中立性を重視するあまり、質・量ともに報道が低下する傾向にある点です。有権者からすれば、「いま」どの候補が、どこにいて、どんな話をしているのかという速報性にも敏感な状態であるにもかかわらず、有権者が正確な情報を得る機会が制限され、SNSなどでの不確実な情報に依存せざるを得ない状況が生まれているのではないか、と曽我部教授は指摘します。