年収アップでも満足できなかったワケ
Aさんは自身の心境の変化について、次のように話してくれました。
「社内の方針変更などもあり、入社前に聞いていなかった業務の比重が大きくなってしまいました。前職の経験を活かして活躍してほしいという話でしたが、正直、物足りなかったですね」
年収もアップしたため、それに見合う働きをしていないという思いもあったそうです。また、社風の違いも大きく「自分に見る目がなかった」「転職先の不満を言ってしまうのが情けない」と自身を責める気持ちが強くなっていきました。
結局、後悔と不安で不眠などの症状も出始め、1年足らずで再び転職。それが3社目となる現在の勤務先です。今度も大手企業ですが、結局、1社目の満足度を超えることはないといいます。
「今の会社は社会貢献意識も低く、最近は何のために働いているのかわからなくなってきました。以前のようにまわりから信頼されて、会社や社会に貢献できる自分になりたいです」
公認心理師がAさんに伝えたこと
カウンセリングではクライアントさんの思いや要望を聞き、信頼関係が構築できるまでは、私自身の意見などを伝えることはあまりしません。カウンセリングの回数を重ねてからAさんに伝えたのは「もっと自分のやりたいことを大切にしたほうがいいですよ」ということでした。
なぜなら、Aさんは「~の役に立ちたい」「(相手に)喜んでほしい」「やりたくないけれど、自分ががんばらなくては」など、自分よりも相手のためにという思考が非常に強かったからです。仕事などに悩むクライアントさんには、このように他者を優先する人が少なくありません。それは悪いことではありませんが、自分に対する思いやり(セルフコンパッション)が足りないと、心を疲弊させてしまいます。
例えばAさんは2社目に転職後、「旅行代理店に戻りたい」という気持ちに従うことも可能な状況でした。でも、一度決めたことを撤回するなんて迷惑がかかる、上司に動いてもらうのは申し訳ない、一度やめた人が戻ったらどう思われるか……など、自分の気持ちよりも相手の負担や人目を優先してしまいました。Aさんは思い悩む自分を嫌悪していますが、悩まない人というのはある意味、他者よりも自分の気持ちに正直に行動しているともいえます。