娘の生活を援助するか否かで家族内の争いが勃発

ハーさんの家族構成も、父親の仕送りを家族がどう使っているのかも、私の知るところではない。ただ、所得水準が年々上がっているとはいえ、ベトナムの平均月収は660万ドン(約3万8000円、2022年時点)だ。家族にとって10万円の仕送りを失うことが一大事であるのは、容易に想像できる。

娘の生活を援助するか否かで家族間で諍いが起き、「日本で勝手に子どもをつくった」ハーさんは、その元凶として責められる形になってしまう。

「これ以上迷惑をかけられないので、家族の言う通り、ベトナムに帰ろうと思うんです……」

出産前、B君やその家族から認知を拒否されても、1人で踏ん張ってきたのは、自分の家族には頼れないという思いがあったのかもしれない。最後の頼みの綱からも突き放されてしまったハーさんは、弱々しく泣きながら言った。

子供の父親に強制認知を求めて調停を申し立てる

志半ばで打ちひしがれた彼女を、帰国させるわけにはいかない。私たちも最終手段に切り替えることにした。B君に対して強制認知を求めて調停を申し立てたのだ。

実をいうと私たちと出会う前も、彼女は日本語学校の教師のアドバイスにより、法テラスを利用して弁護士に依頼して認知を試みている。胎児認知といって子どもが生まれる前に行うものだったが、書類に不備があったのか、手続き自体がうまくいかないまま出産に至っていたのだ。

それに対して今回の強制認知という方法は、父親による自発的な認知(任意認知)が期待できない場合に、調停や裁判所の決定によって強制される認知となる。

なぜ認知にこだわるのかというと、日本人であるB君が法律上の親子関係を認めることで、子どもは日本国籍を取得できるからだ。そうすると、ハーさんはB君とは婚姻関係になくても、日本国籍を持つ子どもの母親として、定住者ビザを取得することも可能になる。強制帰国を免れる可能性も高くなり、さらに生活保護の申請も条件によってはできるようになる。

母子の生活の安定を考えると、それが最も良い選択といえた。