「データ野球」と「野球の記録」との断絶

もう一つ指摘したいことがある。「数字と親和性があるスポーツ」である野球は、その原初の時期から営々と「記録」を録り続けてきた。また日本プロ野球も、間もなく90年になろうという歴史を持ち、その始まりの時期から試合のスコアをつけてきた。

ある時期まで、日本野球はアメリカよりも緻密で、丁寧な記録を残してきた。そして、その記録をもとに広瀬謙三、山内以九士、宇佐美徹也、千葉功のような「記録の神様」が、様々な情報発信をしてきた。さらには各球団のスコアラーも詳細な記録を録り続けてきた。

広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)

だが、そうした「野球の記録」と、今の「データ野球」は、驚くほど関連性が薄い。アメリカでは、公式サイトや、セイバーメトリクスの研究家が作ったBaseball ReferenceやFangraphsなどのデータ専門サイトが、19世紀以来のMLB記録を掘り起こし、セイバーメトリクス的な観点で新たに評価しなおしている。

そこには、過去の野球の歴史と今をつなごうとする熱意がある。そして、記録を残すことに情熱を傾けた先人たちに対する「リスペクト」がある。

しかし日本では、ここ20年ほどの間に興った「データ野球」と過去の「野球の記録」とは、ほとんど関連性がない。当然ながらリスペクトも感じられない。日本の古い野球ファンの多くがセイバーメトリクス的な考え方に関心がなく冷淡なのは、そこに大きな断層があるからだろう。子どものころから「野球の記録」に親しんできた筆者にとって、これは非常に残念なことである。

アナリストが日本の野球界を変える

本書は、従来の「データ野球入門書」とは異なり、野球データの詳細な中身には触れなかった。もとより、その能力を筆者は持ち合わせない。しかし、情報化が進展することで、野球がどう変わるかについて、幾ばくかの将来展望を提示することはできたのではないか。

今回の取材で最も印象的だったのは、高校生、大学生の若いアナリストたちが、何のわだかまりもなく「野球を数字で理解」していることだ。一部の学校では「選手ではなく、アナリストになりたいから野球部に入る」ような若者も出てきている。「野球離れ」が叫ばれて久しい中、それは明るいニュースではないかとしみじみ思っている。

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