2016年クリントン敗北の痕跡

ハリスは、クリントンと同じ轍を踏むのを避けようとしているといわれている。

2016年、クリントンはどのようなスローガンを打ち出すか迷った挙げ句、「I’m with her(私は彼女の側にいる)」を採用した。ジェンダー平等の実現に向け、女性大統領を誕生させる必要があると訴える戦略だったが、結局クリントンは敗北した。

ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、クリントンは、女性への差別発言を繰り返したトランプよりは多くの女性票を獲得したものの、その割合は54%対39%で、圧倒的な差はつけられなかった。人種別にみると、黒人女性やラテン系の女性は圧倒的にクリントンを支持したが、白人女性については、大卒ではクリントン票が勝ったが、非大卒ではトランプ票が勝った(*8)。「I’m with her」という言葉に託されたジェンダー平等という目標は、必ずしもすべての女性を惹きつけることにはならなかったのである。

最終的にクリントンのスローガンは、トランプの「米国第一」を意識した「一緒ならより強くなる(Stronger Together)」に落ち着いたが、選挙には敗北した。

2016年アイオワ州デモインの集会でスピーチするヒラリー・クリントン(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

ハリスが前面に打ち出した「タフさ」

ハリスの指名受諾演説では、女性であることは強調されなかったばかりか、むしろ否定すらされた。

とりわけそのことがうかがえたのが、国家安全保障に関する言及だった。

軟弱、決定力がない、感情的……女性に対するステレオタイプが最も影響するのが、安全保障問題だが、ハリスはこうしたステレオタイプを払拭しようとするかのように、「最高司令官として、私はアメリカが常に、世界最強かつ最も致命的な戦闘力を持つことを確実にする」とうたいあげた。

確かにアメリカの「世界最強かつ最も致命的な戦闘力」は世界秩序の維持に貢献してきたかもしれない。しかし、2001年の同時多発テロ事件以降、20年超にわたって展開された「テロとの戦い」は、全世界で40万超の市民の巻き添え犠牲を生み出し、アメリカが今も武器弾薬を送り続けているイスラエルは、パレスチナ自治区ガザでパレスチナ人の犠牲を生み出し続けている。

歴代の男性大統領と同じように、ハリスはアメリカの軍事戦略にまつわる負の側面を見ないようにしている。

写真=iStock.com/liveslow
*写真はイメージです