トイレに行くために必要な行動

いま、僕が工場で作業に必要な会話を交わすには、その都度、右手を耳にくっつけてまっすぐに上げ、刑務官から「河井、用件は?」と声をかけてもらえるまで待つのだ。声をかけてもらえたら、「○○さんと作業交談願います!」と大きな声でハッキリと言う。

刑務官が「交談よし」と応えると、今度は僕の相手も同じく「交談願います」と叫ぶ。刑務官から「よし」と言われなければ、僕らの会話は始められないのだ。手短に会話を済ませたら、僕らは2人で挙手しながら「交談終了しました!」と叫ぶ。刑務官が「よし」と認める。

作業中ずっとこの繰り返しだ。物を取るのに立ち上がりたい時も、ゴミ箱に消しゴムのかすを捨てたい時も、同じ手順を踏む。

トイレに行きたくなった時は大変だ。まず、手をまっすぐ上げて「担当前、願います!」と言い、移動の許可を得てから刑務官の前に行き、脱帽、礼をして自分の番号(称呼番号という)と苗字を言ってから、「用便に行っていいですか?」と訊く。

マスクを外し、口の中に何か入れていないか、ポケットに何か隠し持っていないか全身を触って検査される。そして、「移動願います!」と発し、「よし」と言われてから歩き出す。

トイレにはちり紙が置いていないので、工場の隅にある自分のロッカーの前に行って「ロッカー使用願います!」と言って許可を得てから、ロッカーの中のちり紙を取り出して、「ロッカー閉めます!」と叫ぶ。2メートルしか離れていないトイレの前に行くのに、また「移動願います!」と叫ぶ。

17回も挙手して大声を出す

トイレの前に着くと、「電気つけます!」と叫んで電気をつける。用が済んだら出て「電気消します!」と言い、「移動願います!」でロッカー前に行き、再び「ロッカー使用願います」と許可を取ってちり紙の残りを収め、「ロッカー閉めます!」と叫んだあと、「移動願います!」と大声で許可を願い、たった数歩先の手洗い場に向かう。

写真=iStock.com/aozora1
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手を洗うのにも「水道使用願います!」とでかい声で叫ぶ。洗い終えると、「水道使用終わります!」と叫び、「担当前、願います!」と言って刑務官の前まで行き、「用便終わりました!」と言うと、入る前と同じ身体検査がある。それが終わったら、「移動願います!」と発して、「よし」と言われたら自席に戻る。ふう〜。

さてここで問題です。トイレに行って帰るまで、いったい何回挙手して大声で許可を願わなければならなかったでしょうか? ……正解は、17回!

トイレに行くだけでもこれだけの手順が必要なのだ。爪を切るとき、本を借りるとき、掲示板の連絡事項を見たいとき……全ての場合に「○○願います!」と叫ぶ決まりになっている。それに対して、いちいち「よし」「よし」と応え続けなければならない刑務官も大変だと思う。