「プライバシーと尊厳」を守るために
たとえば、2023年11月、三重県桑名市の温泉施設で女湯に侵入したとして男が逮捕された事件があげられよう。東海テレビの報道によれば、男は「心は女なのに、なぜ入ったらいけないのか全く理解できない」と話したという。だが、従業員は、公衆浴場の男女の区別について、「身体的特徴で判断するものとする」との厚生労働省による2023年6月の通知をもとに、警察に通報している。
このように、日本では公衆浴場から、厚生労働省や警察といった行政機関にいたるまで、はっきりとした規則によって淡々と事態に対処している。本音(心)がどうあれ、建前(ルール)がある以上、後者で対応する。トランスジェンダーへの対応が求められるとはいえ、英国のように軌道修正が必要なほどには踏み込まない。「性の多様性を守るべき」という気運を醸成しつつ、現実に即した対応をしてきたと言えよう。
日本はラディカルにならなかったからこそ、英国の担当相の表現を借りれば、「男女両方にとってプライバシーと尊厳を否定」せずにいられるのではないか。
今回取り上げたスポーツについて、トランスジェンダー全体に広げるのではなく、あくまでもその世界に限った話として、その世界で理解され、広く共有される規則によって決められなければならない。
キレイごとの一般論ではなく、あくまでも個別具体的な場面に応じて考えていく。そこから自由な議論が始まるのではないか。