週に一度、デイサービスに通うのが楽しみ

事故前は、父は車でスーパーに行って、できあいの総菜や弁当を買うことで、食生活を自力で賄うことができていた。父の1人暮らしを支えるのは、1人娘である私の役目だと思い、洗濯や掃除は私が通いでしていた。

認知症になってからは、食事作りや通院、入浴の世話だけでなく、見守りと話し相手が私の重要な役割だ。時間的な負担が大きく、私の仕事に支障をきたすことも多くなってきた。

父の状態は、要支援から要介護に進み、福祉の相談をする相手は、地域包括支援センターから介護事業所のケアマネージャーに変わった。介護支援のプロの提案で、父に合うデイサービスが見つかり、週に一度通うのが楽しみな様子だ。

本当は、父が利用する前に施設見学に行きたかったのだが、コロナ禍の状況の中では、利用者以外は立ち入れないことになっていた。父が帰宅したら、その日の様子を聞くのが、最近の私の楽しみだ。

「今日は何をしたの?」

ところが、父の返事は素っ気ない。

「何もしなかった」
「え? お風呂に入ったり、体操したりしたでしょ?」
「あぁ、そういえば、風呂には入った。体を洗ってくれるから、気持ち良かった。サービスいいよな」

施設で入浴支援を受けているとは捉えず、単に親切にされていると父は思っているらしい。

「スポーツクラブは、自分で運転しなければ行けなかったけど、デイサービスは迎えに来てくれるから助かる。車ないからな……」

「ばあさんばかりだから、バーレムだ」

私は父の口から、「車」という言葉が出ると、ドキッとする。車がないことを憂えているのは、「車があったら乗る」つもりなのか。想像するだけで恐ろしい。早く話題を変えなければと考えながら手を動かし、デイサービスから持ち帰った着替えをバッグから取り出した。

すると、小さな紙パックの野菜ジュースが1個入っていた。私は驚いて父に聞いた。

「パパ、これ、いただいたの?」
「そうだ、誰か知らない女の人がくれた」

翌週は、キャンディーが1粒。違う日には、手作りの布製の靴入れをもらってきた。なかなかおしゃれなデザインで、私は早速父の室内履きをその袋に入れ替えた。デイサービス利用者の中に、父に好意を持っている人がいるのだろうか。

「パパ、毎回、プレゼントをもらうなんて、人気があるんじゃない? 同じ女性なの?」
「誰だったか忘れたけど、たぶん同じ人ではないな」
「顔を覚えてこないと、次に行ったときにお礼を言えないでしょ。覚えてきてよ」

父は困った顔をしている。

「そう言われても、来ているのは女性ばっかりだ。みんな化粧をして、同じような髪形でマスクをしていて、誰が誰だかわからない」
「すごい! 女性ばっかりなんて、ハーレムみたいじゃない?」

興奮気味に言った私に、父はクールに答えた。

森久美子『オーマイ・ダッド! 父がだんだん壊れていく』(中央公論新社)

「いや、ハーレムではないな。ばあさんばかりだから、バーレムだ」

私は爆笑した。

「バーレム、いいね! 大喜利なら、座布団1枚! っていう感じ」

私が褒めているのに、父は少し不服だったらしい。

「座布団2枚でないのか? 少ないな」

認知症がゆっくりと進行している父だけれども、ユーモアは残っている。父の人格の中の良い面を失わないように守るのも、家族の役割なのかもしれない。

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