「もっといいクルマをつくろうよ」の本当の意味

【豊田】私が社長になった時、「もっといいクルマをつくろうよ」って言ったんですよ。

「なんだ、小学校の標語か」とか言われたけど、それはね、答えを言わないことでみんながそれぞれ考えてほしかったんです。いい車って、何か。それは人によって違うはずです。自分にとっていい車なのか、それともお客さまにとっていい車なのか。それから「もっと」が大事。もっといいクルマをつくろうよなんです。

今の車に満足していてはいけない。もっといいクルマをつくる。それだけに、ひとりひとりが考えなきゃいけない。自分たちはクルマ屋だ。もっといいクルマをつくって、お客さまに喜んでもらおう。町工場から世界規模の自動車メーカーに成長したとしても、忘れてはならないことがある。

大切にしてきたのは現地現物とお客さま第一の精神です。目先の利益にとらわれず、足元を見直し、もう一度前を向こう。自分たちなりの歩き方と歩幅で踏み出していけば、そこには未来が拓ける。そういう意味なんです。

「もがいている姿を書いてほしい」

わたしが6年前に聞いた、このふたつに関しては今もまだ言い続けている。何かあると原理原則に立ち返り、判断し、即行動する人である。

あの時、部室のような社長室から帰ろうとしたら、こう声をかけられた。

「野地さん、トヨタは100年に一度の危機で、みんな、もがいているんですよ。もがいている姿を見にきてください。トヨタのいいところなんて書かなくていいですから、もがいている姿を書いてほしい」

そして、笑いながら付け加えた。

「どこを見てもいいですから納得してから書いてください」

納得してからと言われて、困った。もっと現場へ行って取材してくれということなんだろう。それからわたしはまた取材した。工場、販売店、部品会社、サーキットへ行った。現場で会えば、立ち話はした。

撮影=プレジデントオンライン編集部
卒業生へ「超本気で『がむしゃら』に動く」というメッセージが贈られた

ドイツのサーキット(ニュルブルクリンク)ではトイレで出会った。横に立って、「野地さんですよね?ニュルまで来ていただいていたんですね」と丁寧に挨拶された。彼は夜中も走る24時間耐久レースで戦っていた。暗闇を瞬間時速250キロで走るなんてことをやりながら、気遣いを欠かさない人なのである。

側近に囲まれて、ガラスの温室から出てこない人ではなく、現場で仕事をする人だ。そして、現場ではざっくばらんに人と話をする。

オープンな人なのに、マスコミからは「閉鎖的」と叩かれた。今、思えば、「トヨタのもがいている人たちを書いて」と言われたけれど、この6年間、いちばんもがいていたのは豊田章男だった。