売春やぜいたく品を禁じ、不景気にしたのは意図的だった?

定信の思想は、彼が老中に就任してから特に政策に反映されるようになります。飢饉に備えて、都市に米や雑穀を蓄える「備荒貯蓄びこうちょちくの整備」は現代人も見習うべき政策ではあるでしょう。定信は倹約令のみならず、風俗統制令も発令しました。天明7年(1787)には、料理茶屋や茶店における売春を禁じ、寛政元年(1789)には売春が盛んであった隅田川の中洲を撤去しています。

同年3月には、ぜいたく品の製造やその売買を禁止。翌年には華美な雛人形の販売者や、銀製キセルの販売者を処罰しているのです。そして、寛政3年(1791)には、華美なうちわ、紙煙草入れを作ることまで禁じています。現代の日本人からしたら、なかなか信じられない話でしょう。どう考えても不景気になる政策です。

作者不明「蔦屋重三郎」778年〔図版=PD-Art(PD-old-70)/Wikimedia Commons

だが、定信は江戸が不景気となれば、職人や商人、その他、多くの者が困窮する。そうなれば、多くの者が都市から地方に行き、帰農する。帰農者が増加すれば、江戸では奉公人の給料は下がり、一方、農村では生産が増える。生産と消費が均衡することにより、物価が安定し、大名や庶民も豊かになるのではと定信は考えていました。しかし、倹約令などを発した結果、江戸は不景気となります。当然、庶民からの反発もありました。

出版統制令を出し町人文化の「表現の自由」を奪った

庶民の反発が強まれば、世は乱れることになる。文学は政治を風刺する役割を果たしていましたが、定信は文学の「危険性」というものをよく認識していました。その結果、定信は出版統制令を出すのです。そのあおりをくったのが、2025年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺つたじゅうえいがのゆめばなし〜」(NHK)の主人公・蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろうでした。

葛飾北斎が描いた蔦屋(書店)の店頭の様子 作=浅草庵、画=葛飾北斎『画本東都遊 3巻』1802年(出典=国立国会図書館デジタルコレクション

「べらぼう」において、主人公・重三郎は俳優の横浜流星さんが演じます。ちなみに老中の田沼意次を渡辺謙さんが演じることは発表されていますが、定信役の発表はまだありません。おそらく、重三郎と対決する形で描かれると思いますので、どのような俳優が演じるのか、楽しみではあります。閑話休題。重三郎は江戸時代の出版人であり、寛延3年(1750)、江戸は吉原に生まれます。重三郎の方が定信より9歳年上です。