人件費削減は付加価値率も下げる
ところが日本で行われている生産性向上は、この逆である。「いくら生産年齢人口が減少しようとも、労働生産性さえ上げられれば、GDPは落ちない」という間違った命題が流布している。多くの企業は、人を減らし、人件費を減らし、コストダウンに邁進している。それは労働生産性の向上には結びつかない。ましてやリストラや雇い止めも当然であるかのような風潮は、経済感覚の欠落を意味している。それは、自己を破壊する行為なのだ。
例を挙げよう。図版に7つの産業を並べている。このうち、付加価値率の最も高い産業はどれだろうか。
正解は7番の「サービス」が最も付加価値率が高く、一番の「自動車」の付加価値率が最も低い。「ハイテク=高付加価値」と思いこんでいる人は多く、講演でこのクイズを行うと、ほとんどの人が間違える。実際には、多くの人間を雇って効率化の難しいサービスを提供しているサービス業が、売り上げのわりに一番人件費がかかるので、付加価値率が高くなるのである。
労働者の数を減らすのに応じて、1人当たりの人件費を上昇させ、人件費の総額を保つようにすれば、付加価値額は減らない。あるいは人件費の減少分が企業の利益(マージン)として残れば、付加価値額の全体は減らない。しかし生産年齢人口の減少を迎えている現在では、自動車や住宅、電気製品といった人口の頭数に連動して売れる商品では、マージンは拡大するどころか下がっていく。
退職者の増加に連動して会社の人件費総額を下げるのは当然のことになり、収益率と人件費率、すなわち付加価値額と付加価値率も下がり、生産性の向上は阻害されてしまう。
日本企業が生産性を上げるには、人手をかけブランドを向上させることで、マージンを増やす方向に進む必要がある。
※すべて雑誌掲載当時
1964年、山口県生まれ。88年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。米国コロンビア大学ビジネススクール留学、日本経済研究所出向などを経て、10年参事役、12年より現職。11年4月には政府の復興検討部会の委員に選ばれた。