合併の対立防ぐ「異業種交流」
活を入れるため、投資をチェックする委員会の新設も提案する。他社の例を真似たのだが、普通は社長や上席役員が委員に並ぶのに対し、メンバーを各部門の部長だけにした。しかも、その委員会を通った案件だけを役員会に上げる仕組みにする。当然、役員たちから反対が出た。でも、「あなたたちが委員になったのでは、いままでと何も変わらない」と説き伏せる。委員会は、役員会のように自分の部門以外のことには無関心ということもなく、きつい論議を続けた。投資計画を中止させ、考え直させるケースまでも出る。
02年4月、共石を合併してできていたジャパンエナジーの社長に就任する。実は、投資委員会には満足していても、役員会には不満が残っていた。いくら事前の根回しがあるといっても、議案のほぼすべてを、すんなり通してしまう。たしかに、共石出身の役員は、販売については大ベテランでも、精製のことはよくわからないだろう。逆に、製油所が長かった役員は、販売のことには通じていない。だからこそ、もっと議論をしなくてはいけない。
「初歩的なことでも、専門用語の意味でもいいから、ともかく質問しなさい」と繰り返した。合併会社の中に元の会社が実質的に併存し続け、非効率なままであるどころか、対立さえ生んでしまう。そんな事例は、経済界にいくつでもある。それだけは、防がなくてはならなかった。
社長になって4カ月後、都内の施設を借りて、役員合宿をやった。会長、社長以下の役員ら十数人が、1泊2日、経営課題について議論を重ねた。夜は一杯やりながら、さまざまな系譜を持つ人々が溶け合った。翌9月、グループの日鉱金属と経営統合に踏み切り、新日鉱ホールディングスが誕生しても、年2回の役員合宿を続ける。持ち株会社と金属、石油の2つの事業会社を合わせ、参加する役員は約40人に達した。
成果は、着実に出た。「異業種」とも言える役員同士が、名前や顔を覚え合うだけでなく、相手がどんなことを考える人間かを知っていく。自然、仕事も人事交流も、円滑に進むようになっていく。
新日鉱ホールディングスは、この4月、石油最大手の新日本石油と経営統合し、JXホールディングスが誕生した。ガソリン販売の国内シェアは35%、売上高は9兆円。巨大なグループになると同時に、また、新たな系譜が合流した。
9月17日から18日にかけて、横浜市内の社員研修センターに、今度は75人の役員が集まって合宿した。JXは、持ち株会社の下に石油事業の日鉱日石エネルギー、資源開発の日鉱日石開発、金属事業の日鉱日石金属の3社を持つ。大所帯だけに、合宿で初めて言葉を交わす場合もあっただろう。でも、全員で2020年を目標とする長期経営ビジョンを確認し、小グループに分かれて、具体化へ向けた課題について意見を交わす。否応なしに、役員間で「異業種交流」が進んだはずだ。
「以管窺天」(管を以て天を窺う)――管を使って天の様子をのぞきみる、という意味で、視野の狭さを指摘する言葉だ。中国の歴史家・司馬遷がまとめた『史記』にあり、日ごろから狭い世界にとどまらず、様々な意見の人と交わることの大切さを教えてくれる。
役員合宿は、狙い通り、多様な系譜の人々を「以管窺天」に陥らないようにする一歩となったのか。その答えが出る日も、遠くないだろう。