トランプの出現で変わったこと

ロフグレンの描くディープステートはこれまでとは違い、「政府を堂々と操る、財界および産業界の富豪のリーダーたちのネットワーク」だった。

ロフグレンの論文によると、ディープステートは「秘密の陰謀組織ではなく、ありふれた光景の中に潜んでいて、白昼堂々と活動している。結束の強いグループではなく、明確な目標があるわけでもない。むしろ政府全体に広がり、民間セクターにまで入りこんだ、無秩序に広がるネットワークだ」という。

ロフグレンにとって敵は、金融街のウォールストリートとIT産業の中心地シリコンバレーだった。ロフグレンの語る概念─―「政府全体に広がり、民間セクターにまで入りこんだ、無秩序に広がるネットワーク」─―は、とくに目新しいものではない。

実際、ドワイト・アイゼンハワー元アメリカ大統領(在位1953〜1961)は1961年の退任演説で、将来の大統領たちに対し、「それが意図されたものであろうとなかろうと、軍産複合体(軍部、民間企業、政治家が、それぞれの利益のために連携し、国防支出の増大を図る癒着構造)が不当に影響力を持たぬよう、用心しなければならない」と警告している。

すべてはディープステートが悪い

しかしディープステートというフレーズは、ドナルド・トランプとその支持者たちによって、またしても新たに定義された。今回の定義は「反トランプの陰謀を企てる裕福な権力者たちの秘密組織」というものだ。

「反トランプの陰謀を企てる、トランプ版ディープステート」は長年にわたって活動しており、アメリカ政府が下した数々の最悪の決定への責任をなすりつけられた。

たとえばベトナム戦争への関与。アルカイダによるアメリカ同時多発テロ事件もそう。「イラクのサダム・フセインが大量破壊兵器を所持している」という嘘をブッシュ政権(2001〜2009)に信じこませたのも、オバマ大統領に中東での無人機攻撃を決断させたのも、すべてディープステート。ロシアの大統領選干渉疑惑に対するFBI(米連邦捜査局)の捜査は、トランプを倒すためのディープステートの陰謀。

ディープステートの目的は、権利を奪われた貧民を犠牲にして、ウォールストリートと金持ちのエリートたちがさらに富を築くこと。

これが、トランプ版ディープステート陰謀論だ。この架空の陰謀論を踏み台にして、トランプは典型的なアメリカのヒーローにのしあがった。