「正直になりたかったんですそれで……関係を持ちました」

雰囲気に呑まれているような気もしないでもないが、恋のはじまりというのは得てしてそういうものである。

「彼もそうだったみたいで、ファミレスを出てから、行くあてもないまま歩き続けたんです。色んな話をしながら、明け方近くまでずっと。いい年をして恥ずかしいんですけど」

行く当てもないまま歩き続ける、その行為はたぶん、大人のふたりを少年少女に還らせたに違いない。歩くというのは、心の垣根を取り払うのにもっとも効果を発揮する行為である。

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「その時思ったんです、私、彼のことが好きだって。もちろん口に出しはしませんでしたけど。そうしたら、彼の方から『好きだ』と言ってくれたんです。ラインを始めて、気が付いたら返事が待ち遠しくてならなくて、でもいけないことだからって自制してたけれど、もう抑えられないって……」

その時、どんな気持ちだった?

「嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいになりました」

普通の恋愛であれば最高の瞬間である。

が、既婚者のふたりとしては最悪のとば口に立ったといえる。

神様は時々、ご褒美に見せかけて、こうして罠を仕掛けるのだ。

「わかっています。でも、あの時の私は自分に嘘をつきたくなかった、正直になりたかったんですそれで……関係を持ちました」

彼女が言う「自分に正直になる」は、他人からすれば単に「感情に流された」としか映らないのだが、今はそこを指摘するのはやめておこう。

不倫は「自分には関係ないこと」と思っていた

互いの家庭のことは話し合った?

「それも彼に言われました。あなたのことは好きだけれど、僕には子供もいるし、離婚することはできないって。それは私も同じです。彼のことは好きだけれど、今、家庭を壊すことはできません。けれどこの気持ちも大切にしたい。だからずっと先でもいいから、いつか一緒になれる時がくるまで、とにかく誰にも気付かれないよう、細心の注意を払って付き合っていこうってことになりました」

あなたは不倫についてどう考えていたのだろう。

「自分には関係ないことと思っていました。もう50になろうとしている私がまさかって。こんなに強い気持ちで誰かを好きになることにも驚いたし、こんな私でもまだ女でいられるんだってことにもびっくりしました。それに、たぶんこれが人生の最後の恋になるんだろうな、と思うといっそう気持ちが昂りました。私は不倫というより恋愛と思っていました。いわゆる遊びの浮気とは違って、彼とは身体の関係だけじゃなくて、心もちゃんと繋がっていましたから」

それは言葉のマジックである。同時に、先にも出た不倫脳の勃発である。どんな美しい言葉に変換しようと不倫は不倫以外の何者でもない。それをさも純愛のようにすり替えることで、罪の意識から逃れようとしているに過ぎない。みんな思うのだ。自分たちは違うのだと。その辺りに転がっている不倫ではなく、特別な関係なのだと。