新型コロナウイルスの世界的流行に対応

カリコ氏は、2020年2月初旬、中国武漢で新型コロナウイルスの流行が始まったという知らせを、姉に会うために帰国していたハンガリーで聞いた。どんどん情報は入ってきたが最初は「遠い中国のことでしょう」くらいにしか思っていなかったそうだ。

しかし、ビオンテックCEOのサヒン氏は、それより前の2020年1月25日の段階である論文を読み、中国で発生した原因不明の病気が世界を巻き込むことを確信し、すぐに新型コロナワクチンの候補を10種類ほど考えて設計した。すでにビオンテックは、2018年からファイザーとの共同開発でmRNAを使ったインフルエンザワクチン開発に着手していて、臨床試験を始める段階だった。

その積み重ねがあったので、新型コロナワクチンも、世界各地で臨床試験を展開し、製造や配送をするための準備に時間はかからなかった。2020年3月にはファイザーとの間に提携契約を結び、4月には臨床試験が始まった。このスピード感で11月には治験の結果が導き出され、サヒン氏からカリコ氏に報告の電話がかかってきた。

実用化が確実となった瞬間

「11月8日、この日は日曜日でした。サヒン氏がアメリカに電話をしてきたのです。『部屋に誰かいるか?』と聞かれたので、夫がいると答えました。夫に話していいのかどうか、知られてもいいかどうかはその時点では判断がつきませんでしたが、電話の向こうからサヒン氏が『フェーズ3の結果は有効だ』と言ってきたのです。結局、夫にも『うまくいったわ』と話しましたが」(カリコ氏)

フェーズ3とは、新薬開発で多数の患者さんへの治験の段階をさす。第3相という言い方もするが、この3番目の段階で有効で安全と判断されれば、承認を経て実用化ということになる。