フェミニスト人類学者が提示した「採集仮説」
1970年代に盛んになったフェミニズム運動のもとで、『Woman the gatherer(女性、採集する者)』(1983年)が出版され、女性が人類の進化に重要な役割を担ったという「採集仮説」が展開された。人類最初の道具は石器ではなく、採集に使う掘り棒(植物の根茎を掘り出す道具)や採集物を運ぶための蔓性のネットや籠である。女性たちが集団で採集に出かけ、食物をキャンプで待つ子どもたちに与えるために持ち帰るようになったのが、ヒトへの道の第一歩である。この仮説が強調する点は、「仲間に分け与えるために運搬する」ということであり、男性がキャンプへ肉を持ち帰るようになったのは、食物分配が習慣として定着したのちのことであるという。
これまでの狩猟仮説は遺跡で発見される石器を根拠にしてきたが、採集仮説で重要な運搬道具は、いずれも朽ちやすく遺跡には残らない。採集仮説はそうした自説の不利な点を自ら指摘しつつ、現在の民族資料などを使いながら女性からの視点を主張したのであった。
このように、人類の進化についての理論にも、どちらのジェンダーの側に立つかによって見方が大きく変わってくる。
男性中心主義の「狩猟仮説」にたいして、フェミニスト人類学者たちは「採集仮説」を提示して女性の重要性を主張したのだが、この主張により、「男は狩猟、女は採集」という性別分業のイメージがかえって強調される結果となった。
性別分業は生物学的に根拠があることなのか
そして、性別分業は生物学的に根拠のあることであるとさえ言われるようになった。
子どもを産み、母乳を与えて育てるという行為は女性にしかできないことであり、この出産と授乳のために女性は行動圏が狭められ、ベースキャンプの近くで木の実や果実、野草などを採集するにとどまった。一方、男性は広い範囲を動き回り、すぐれた運動能力でもって野生動物を倒し、その肉を女・子どものいるベースキャンプまで持ち帰り分け与えた。
つまるところ、性別分業の根本原因は、女性の生殖機能という「解剖学的宿命」にあるという意見である。
しかしながら、現実の狩猟採集民の生活をつぶさに見てみると、女性は妊娠と出産という生殖機能にのみ彼女の人生を費やしているわけではない。私は1988年より、アフリカのカラハリ砂漠に暮らす狩猟採集民サン(「ブッシュマン」の名称で有名)の社会、生活、文化をフィールドワークによって詳細に分析してきた。その研究結果に基づいて、狩猟採集民の性別分業の実態を説明したい。