地下水に「静岡のもの」も「山梨」もない

もともとの「全量戻し」は「静岡県内のリニア工事で発生するトンネル湧水全量を恒久的に大井川水系に戻すこと」である。これは県の資料にちゃんと記載されている。

県境付近の地下水は大井川水系の湧水ではない。日本地下水学会は「地下水とは動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない」としている。静岡県の大井川水系と違い、県境付近の地下水に静岡県も山梨県もないことくらい一般常識である。

国交省鉄道局は2020年4月、東京大学教授らの専門家による有識者会議を設置し、静岡県とJR東海との間の議論を科学的・工学的な方向から検証を進めた。

国交省提供
大井川下流域の水環境の影響を議論した国の有識者会議

有識者会議は21年12月、「JR東海の工事による大井川下流域の水環境に影響はほぼなし」とする結論をまとめた。さらに、川勝知事の言い掛かりである「県境付近の工事中の全量戻し」についても、「静岡県外流出量の最大500万トンは微々たる値であり、下流域の水環境への影響はない」と断言した。

ところが、2022年1月、県と流域市町長らの組織する大井川利水関係協議会は「県境付近の工事中のトンネル工事湧水全量戻し方について解決策が示されていない」と反論をして、「トンネル工事を認めることができない」と有識者会議の結論を蹴ってしまった。

筆者撮影
県境付近の工事中の全量戻しを問題にした2022年1月の大井川利水関係協議会(静岡県庁)

「田代ダム案」の議論も明後日の方向に…

これを受けてJR東海が2022年4月に示したのが、「田代ダム取水抑制案」である。

田代ダムは大井川唯一の発電用ダムで、東京電力リニューアブルパワー(東電RP)が毎秒4.99トンの水利権を持ち、山梨県早川町の発電所で使用している。単純に計算すれば、月量約1300万トンの膨大な水が静岡県から山梨県へ流出している。つまり、毎秒2トンの湧水減少が問題ならば、東京電力RPが使う膨大な水で大井川水系は干上がってしまうことになるが、1964年以来、毎秒4.99トンの水利権は変わっていない。

山梨県へ流れ出る大井川の大量の水に着目したJR東海は、東電RPの内諾を得た上で、工事期間中の約10カ月間に限り、流出する水量に当たる毎秒0.21トン分の自主抑制を行ってもらう「田代ダム案」を示した。

だが、これにも川勝知事は待ったをかけた。

川勝知事は「東電RPの水利権の話に無関係のJR東海が首を突っ込んできた」と反発。「突然、水利権の約束を破るのはアホなこと、乱暴なこと」とまで述べた。

今回の案は東京電力RPの自主的、一時的な取水抑制であり、河川法上の水利権とは全く関係ない。それなのに、川勝知事は頭から東電RPからJR東海への水利権の譲渡と決めつけた。

東京電力RPは「田代ダム案」に協力する姿勢だが、県境付近の工事中の限定的な対応であり、恒常的な水利権の問題とは無関係であることを「前提条件」とした。

流域市町は「前提条件」に同意したが、川勝知事は東京電力RPの水利権に関係すると「田代ダム案」をつぶすのに躍起である。現在も「前提条件」を巡り、静岡県はJR東海に難くせをつけ、ムダな時間ばかりが過ぎていく。

その上、「山梨県のリニア工事をやめろ」という川勝知事のいやがらせが昨年10月から、突然、始まった。長崎知事の強硬な申し出に関わらず、この問題も簡単に解決できそうにない。

このような川勝知事の嘘と脅し、ごまかしでリニア計画は大幅な遅れを余儀なくされている。静岡県の理不尽な権力濫用をストップさせるためには、政治の重要な課題として政府が乗り出すしかない。

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