正しく「老いる」ことができる幸福とその特権

しかし「正しく老いる」ことこそは、特権ではないか。上昇と、これは最良のときだ、と確信できるピークを経験しない者に、だが老いていけというのは酷ではないか。そんな声も聴こえてきそうだし、「後追い世代」を自認することから始めた本稿は、その声をむげに否定することはできない。

本稿執筆のために、「後追い世代」のさらに「後追い世代」、すなわちいまの大学生たちにヒアリングをしてみた。どの人からも名前が挙がるのが、やはりあの名曲、『戦場のメリークリスマス』のテーマだった。それだけの代表曲を持っているから、「最良のとき」を持っているから、一方では『風姿花伝』が描いた成熟さながらに、進化し老いていく余裕があったのではないか。老いることができることと、最盛期を持っていることとは、むしろ表裏一体で同義なのではないか。

坂本が我々に残した問いはあまりに大きくて、訃報からまだ日が経たないいま、冷静にそれを吟味することなど到底無理だ。けれども、私にはひとつ、かつて坂本本人からもらったヒントがある。それを、ここまで読んでくださったあなたと共有したい。

坂本に「背中を押してもらった」かつての若者世代として

「後追い世代」からの距離感だとか、日本最良の時代の追い風を得た年長者への嫉妬だとか、それらを蓮實重彦のアクロバティックな「凡庸」の用法を借りて表現してみせたが、通常の用法で形容するなら、坂本龍一はどこまでも非凡で、不世出の作家なのだ。そして私は、坂本の音楽が本当に好きなのだ。

若いころはもっと直截に憧れていた。駆け出し社会人のころ、経験を積んだら、坂本に関わる仕事をするんだと心に決めていた。すると、その機会は拍子抜けするほどにすぐに訪れた。完全に偶然のチャンスによって、坂本さんに関する出版物の手伝いをできることになった。最大の夢のひとつを早々に実現して、私はより新しい世代の音楽を探し、ボーカロイドシーンに飛び込んでいくことになる。

写真=鮎川ぱて提供
筆者が編集参加した出版物に坂本龍一からもらったサイン