パンデミックの英雄から「残り物」のような扱いに

はち切れんばかりの寿司と味噌汁が詰まった袋を大事に抱え、ブッシュさんは注文主の邸宅の呼び鈴を鳴らした。庭には噴水や、手入れの行き届いた盆栽の数々が並ぶ。

現れた注文主の男は、軽いあいさつを交わすと、寿司を受け取って足早に奥へと消えていった。さあ、ブッシュさんの待ちかねた時間だ。

顧客はチップの額を注文時に指定してアプリで決済するが、アメリカのUber Eatsのシステム上、チップについては一定額までしか事前に配達員側に表示されない。目立った注文がなかった今夜、ブッシュさんの稼ぎは、配達後に表示されるこのチップにかかっている。

1時間後、ブッシュさんのアプリが更新された。受け取れたチップの額は、1件目の邸宅がわずか10ドル。2件目の音楽教室はゼロ。3件目の豪邸は最大70ドルを当て込んだが、結果は20ドルにすぎなかった。

パンデミックの間、配達員は社会に必要不可欠な存在だった。「みな、拍手を送っているかのようでした」とブッシュさんは振り返る。だが、状況は変わった。

「今となっては、私たちは残り物のようなものです」

置き配が広がってチップが減った

別の配達員男性はニューヨーク・タイムズ紙に対し、チップは「ギャンプルのようなもの」であり、「エキサイティング」でもあると語る。しかし、まったくもらえないことも少なくない。生活の基盤がギャンブルのような状況になっていては、安心して業務にあたることも難しいだろう。

記事によると、配達員たち100ドルを稼ぐのに100キロの道のりを運転することもあり、ガソリン代を取り戻そうと次のオーダーを探す負の連鎖に陥っているという。

パンデミックはチップの習慣に変化をもたらした。ニューヨーク・タイムズ紙は、配達員たちの声を報じている。記事によると、「非接触の配送が台頭したことで、顧客は以前のようにチップを奮発しようとしなくなり、ギグワークで生計を立てることは一層難しくなってきている」という。

ドア前に置いて立ち去るいわゆる「置き配」であれば、互いに顔が見えないやり取りとなる。顧客としては、通常支払うべきとされるチップを減額したとしても、罪悪感を抱きにくい。

米インサイダーも今年4月、非対面での受け渡しが収入源の一因になっているとの見方を報じた。「“非接触配達”が依然続いていることで、配達員との関わり方が弱まり、チップが減少する原因になっていると非難する向きがある」とのことだ。

4時間で8件の配達、利益はたった50円

アメリカでの配達料は1回につき数ドル(数百円)程度であり、チップが主な収益源となる。正規の配達料の計算式は入り組んでいるようだが、ある配達員はニューヨーク・タイムズ紙に対し、基本的に配達1件につき3.5ドル(約470円)、そして1マイルごとに約1ドル(約1.6キロごとに135円)の報酬が生じると語った。