「老朽化」は本当の理由ではない
泉学寮は1965年に竣工した58年の歴史を持つ男子寮で、金沢市の市街地近くにある。鉄筋4階建ての建物には、かつては約170人の学生が暮らしていた。近くには1964年竣工の女子寮である白梅寮もあり、どちらも寄宿料は月額700円。光熱費などを含む運営費を合わせても学生の負担は月額1万円以下で済む。
この金額は破格のようだが、もともと文部科学省の省令で決められた寄宿料だ。こうした寮は学生の福利厚生はもちろん、経済的に困難を抱える県外学生のセーフティーネットの役割を果たしていた。
しかし、大学は2019年2月、泉学寮と白梅寮の2023年3月末での廃寮を一方的に決めた。大学側が示した廃寮の理由は「老朽化」だった。耐震基準などは満たしているにもかかわらず、だ。筆者の取材に対して、金沢大学は廃止の理由を次のように回答した。
〈泉学寮は平成21(2009)年度に耐震補強工事を実施しており、工事後には泉学寮・白梅寮とも「当面の安心・安全は確保された」状態となりましたが、その後もコンクリートの劣化や経年による給排水設備等の老朽化がさらに(13年間)進行し続けており、建物の耐用年数50年も既に経過しています。「今後、大震災等に際し建物の安全性・健全性を維持することは困難」であるとの考えからです〉
寮では2022年度も約70人が暮らしていた。寮生らは2022年3月から存続を求める署名活動を行ってきた。しかし、大学側は3月31日17時までの寮からの退去と、電気・ガス・水道の供給を停止することを重ねて通告。寮生が最終的には2023年2月27日に4132筆の署名を大学に提出したものの、大学側が受け入れることはなかった。
「建て替えは文科省の予算が下りないだろう」
なぜ今住んでいる学生を、強硬に退去させなければならなかったのだろうか。泉学寮に残された大学側の発言に関する資料などからは、「老朽化」以外の理由が見えてくる。
一つは、大学の経営協議会の学外委員が、格安の寄宿料を問題視したことだ。月額700円の寄宿料は民業を圧迫するといった理由で学外委員が圧力をかけてきていて、その対応が困難といった本音が大学側からこぼれたという。
もう一つは、泉学寮が学生による自治寮であることだ。建て替えという選択肢もあるはずだが、大学側の関係者からは、自治寮の建設を文部科学省に申請しても予算が認められないといった発言もあったという。学生による自治を文科省が認めない、ということだ。
金沢大学では泉学寮と白梅寮の寮生に対し、市街地から離れた大学のキャンパス近くにある留学生宿舎への入居を代替案として示した。この寮の運営は民間に委託されていて、入居費用は月に3万5000円以上かかる。しかも、留学生と暮らすために英語を話す必要もある。学生への福利厚生である泉学寮と白梅寮とは、性質が異なるものだろう。