中国人と違ってボドイは組織化されていない

――前回の記事では、30年前ぐらいの中国人のポジションが、今はベトナム人に置き換わったということでしたが、この点においては両者の性質は異なりそうですね。蛇頭のネットワークを使って日本に入ってきた密航者の中国人たちは、組織化してマフィアになっていたと思います。

【安田】当時の中国人の場合は、あらゆる手段で日本にやってきていました。技能実習生や留学生としてだけではなく、パスポートを偽造したりコンテナ船で日本の沖合にやってきたりして密入国したり、すでに日本にいる親族を頼って来たり。そうすると、故郷の地縁とか血縁が日本に持ち込まれやすいんです。それによって福建幇や東北幇といわれるような、一般に中国マフィアのように見られがちな集団も生まれることになります。

一方のベトナム人は、技能実習生が圧倒的メインです。技能実習生って基本的に若い単身者しかいないんですよ。親を呼ぶこともまずありません。まれに夫婦で技能実習生というケースもありますが、別々の土地に配属されて一緒に暮らせないような世界です。

撮影=安田峰俊
群馬県太田市の田んぼの真ん中にある、「群馬の兄貴」と仲間たちが暮らしていた貸家。現在は金銭トラブルなどから住民コミュニティーが崩壊してしまい、ゴミだけが放置されている

派閥的なものがあるとしても、ベトナムを出る際の送り出し機関で一緒だった人くらいで、もともと地縁、血縁といった要素を持ち込めない、バラバラの「個」なんです。そうすると強固な組織というのは形成されづらいですよね。かつての中国人たちと比べると人間関係は明らかに薄いです。国民性の違いもあるかもしれませんが、日本に入ってきた経緯の違いによるものも大きいだろうと思っています。

桃ならベトナム人コミュニティーで売りさばける

――たしかに、仮に組織化していたとすれば桃などではなく、宝石店の強盗など大掛かりでリターンの大きい犯罪に手を出すような気がします。

【安田】はい、もっと稼ぐつもりがあるなら、ほかにもやれることはいくらでもあるはずです。ただ、宝石店を強盗するとなると販路の開拓をはじめ、すごく計画的にやらなくてはいけないし、組織も必要になってくる。でも、桃はそんなに難しいことを考えなくても、屋外の樹木からもいでしまえば盗めるので簡単です。食べてしまえば証拠が消えるのでリスクも低い。

出所=農林水産省「中央果実協会 説明資料」

ベトナム人は日本人よりも果物を消費します。そして、同胞だけの間ですべて売れてしまう販路が存在するんですよ。たとえば、日本でいつのまにか増えたベトナム商店。気付いていない人もいるかもしれませんが、田舎も都心もあらゆるところにベトナム商店が存在します。そういう店って、持ち込んだ商品を買い取ってくれるんです。その食材の出所についてよくわからないままでも、買う。