2010年代初頭、テクノロジーの進歩が、自由で民主的な価値観を行き渡らせるという「希望」が、アメリカ社会を照らしていた。だが、技術はディープフェイクのような、現実と虚構の区別がつかない混乱した世界をもたらした。
トランプ大統領就任の2017年、『ブレードランナー2049』が公開された。1982年に公開された『ブレードランナー』の後日談を描く物語だ。
前作は、1980年代から90年代にかけてSF界で大きな流行を生んだサブカルチャー、「サイバーパンク」の文脈で語られるSF映画の金字塔である。作家ウィリアム・ギブスンらが中心となって起こしたムーブメントである「サイバーパンク」。近未来を舞台に、人間の機能を拡張する人体改造や高度なネットワーク空間などを取り扱うその作風は、後のアニメやゲームなどに大きな影響を与えた。
その『ブレードランナー』の続編が2017年に製作された背景には、じつは80年代と2010年代の類似点があるという。気鋭の哲学者、ジョセフ・ヒースの証言を見てみよう。
映画『ブレードランナー』が予測した未来――ジョセフ・ヒース
「『ブレードランナー』が革新的だったことは2つあります。
1つは、未来の社会における経済体制の新たな形を示したことです。以前のSFでは、未来において資本主義は衰退し、共産主義に近い状態になるだろうという描き方が主流でした。例えば『スター・ウォーズ』では、酒場に入るとビールは1種類しかありません。
『ブレードランナー』が新しかったのは、ハイパー資本主義と呼べるものを提示したことです。広告は小さくなるのではなく、むしろ大きくなって建物の一面を覆い尽くしています。私は80年代にこの映画を見て、衝撃を受けました。
2つ目は、アメリカにおいてアジア系の影響が強くなることを予期していたことです。当時の映画ではまだ白人がほとんどで少しだけ黒人が出てくるというようなキャストの配置をしていました。ですが、『ブレードランナー』では、カリフォルニア州に非常に大きなアジア系の影響があって壁に中国語や漢字が書かれたり、麺を食べたりすることが普通になった未来のビジョンを示しています。
それはアメリカが日本の産業の成長とアメリカの産業の衰退を最も恐れていた時期の発想であり、後にそれは現実のものとなりました。この2つの意味で『ブレードランナー』は未来を正確に予測していたのです」
IT企業のテクノロジーが人々に応える世界
80年代、安価で高性能な日本の小型車が世界の市場を席巻した。それは自動車産業を伝統と誇りの象徴とするアメリカにとって脅威となった。
そして2010年代に台頭したのは中国だ。2018年3月、アメリカ政府は、安全保障上の懸念を理由に、中国製の通信機器を国内の通信網から排除する規制の検討を発表。IT産業で著しい成長を見せる中国との対立は、「デジタル冷戦」と呼ばれるほど激しくなる。