将軍家を巻き込んだ相続争いだった応仁の乱

一般的に室町時代は、諸子分割相続から嫡子(正妻腹の長男)の単独相続への移行期といわれています。といっても一律に法律が施行されたわけではなく、西国は遅くまで分割相続が残るなどの地域差や、家による差がありました。

大塚ひかり『ジェンダーレスの日本史 古典で知る驚きの性』(中公新書ラクレ)

だからこそ、「前と違う」「うちだけなぜ」といった不満や混乱が生じ、争いが増えることになります。

この時代の主要大名は、大なり小なりそうした争いを経験しています。兄と弟、オジと甥、養子と劣り腹の実子……親族で展開する相続争いを有利にするため、姻戚関係に頼ったり、利害関係の合致する者が力を増すための同盟を組んだりしたあげく、将軍家を巻き込んで展開したのが、1467年から1477年までの長きにわたって戦われた応仁の乱です。

これをきっかけに戦国時代に突入、男の地位は高まって、女子は相続からますます弾き出されることになり、その社会的地位も低下していくのです。

結婚の形一つにも「日本の伝統」は存在しない

というのが教科書的な経過の説明なのですが、女子の相続権が低下したのは、先にもちらっと触れたように、男が妻方に通い、新婚家庭の経済は妻方が担うというような結婚の形が、崩れてきたからでもあるでしょう。

女子が婚姻によって実家を離れなければ、実家=家土地は女子が相続する機会が当然増えるし(源雅信から娘の倫子、その子孫に伝領された土御門殿がその一例です)、逆に、嫁入婚によって実家を離れることが普通になれば、家土地を相続することは自然となくなるからです。

このように結婚の形一つとっても、長い歴史の中では変化があります。

現在、常識と思われている「日本の伝統」も、実はまったく伝統的なものでなかったりすることが、歴史を辿ると分かるのです。

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