エルサルバドルの人口は630万人程度だから、一人当たりの含み損はたかだか10米ドルだといえなくもない。しかし一人当たりGDPは4500米ドル程度と日本の10分の1であり、日本なら一人1万円程度の含み損に相当する。

そのため、日本の標準世帯であれば4万円程度の含み損を抱えている計算になる。今後、ビットコインの価格が持続的に上昇するなら、含み損は徐々に解消すると期待される。それに、いわゆる「ナンピン買い」も可能だろうが、一方で、ビットコインの価格暴落リスクは極めて大きい。そのため、含み損が一段と膨らむ可能性も警戒されるところだ。

法定通貨にしても「金融包摂」は進まない

含み損が生じたとはいえ、それに見合うベネフィットが得られれば、それは適正な支出だったといえよう。ビットコインを法定通貨に定める大きなベネフィットの一つに、いわゆる「金融包摂」(経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるようにする取り組み)を挙げた識者もいたが、エルサルバドルではどうだったのか。

2022年7月、シカゴ大学のフェルナンド・アルバレス教授らは、全米経済研究所(NBER)より興味深いワーキングペーパー(Are Cryptocurrencies Currencies? Bitcoin as Legal Tender in El Salvador)を発表した。エルサルバドルが保有するビットコインに関する統計をほとんど公表していない中で、社会調査を重ねた労作である。

これによると、政府のビットコイン専用スマートフォンアプリ「チボ」の利用状況は芳しくないようだ。チボを普及させるに当たり、エルサルバドル政府は国民一人一口座当たり30米ドルのクレジットを用意したが、それを利用したあともチボを使ったエルサルバドルの国民は、有効回答数のわずか2割弱にとどまったようだ。

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人々が「米ドル」を手放さないワケ

送金サービスに関しても、チボを使ってビットコインの送金を行った割合は有効回答数の3%にとどまり、米ドルさえ8%だった。残りの89%は、チボを使った送金そのものをしなかったようだ。政府の大々的なキャンペーンにもかかわらず、エルサルバドルの国民は、送金ツールとしてもビットコインを信用していないことがわかる。

長年にわたる経済社会不安などから、中南米では多くの人々が、安定した資産として米ドルを、それも現金で持つことを好んでいる。これは歴史的な経緯から人々に刻まれた行為(つまりドル化)であり、その解消は極めて困難だ。政府がビットコインを大々的に導入したところで、国民の多くがそれに付いていけないのは当然の帰結である。