精いっぱいの説得

そして2021年6月。母親から同様の電話を受けた。

この時も、石黒さんは実家に出向いたが、父親は説得には応じず、「大丈夫だ」を繰り返した。父親はやせ細り、声も力なくかすれ、どう見ても大丈夫ではない状態。石黒さんは家族として、父親を思う強い気持ちと、福祉業界で培った技術を駆使して、精いっぱいの説得を試みたが、父親は一向に動こうとしない。

石黒さんは、「息子がここまで真剣に話しているのに、なぜ父は医療を受けてくれないんだ……」と無力さを感じるとともに、“結果的に家族に心配と迷惑をかけている父”と、“仕事では説得できるのに、自分の親を説得できない自分”への怒りの感情が湧き出るのを感じていた。

ただ、数カ月前にも同様のやり取りをして、しばらくすると父親は自然に体調を戻していたことがあったため、「父がここまで言うのだから、本当に大丈夫なんだろう」とも思える。石黒さんは、そう自分に言い聞かせ、諦めることに。

石黒さん夫婦は、その足で地域包括支援センターに出向き、「母が要支援2であること、父が重篤な状態に見えるのに、病院に行かないこと」などの状況を伝えると同時に、地域医療の情報を得て、このまま父親が病院に行かないのなら、地域医療の医師に来てもらうという対策を考えていた。

同じ月、母親からまた、同様の電話があった。だが前回、精いっぱいの説得をしたにもかかわらず、一向に説得に応じようとしなった父親を説得する自信は、もはや石黒さんになかった。「先日、あれだけ言ってもだめだったんだから、俺が言っても変わらないよ」と母親に告げたが、「どうしても説得してほしい」と言って譲らない。

仕方なく石黒さんは、再び実家に出向き、説得にあたった。今回は、「救急車を呼ぶ」方法の他に、「医師に来てもらう」という選択肢を増やし、父親が病院に行かないことが、結果的に家族に迷惑をかけていることを、時に厳しく諭しながら説得を試みたが、結局父親は応じることはなかった。

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「父は、優しくもあり、厳しさもある人でした。自分にとっては、リスペクトする人で、一時期の反抗期を除き、強く否定するようなことはできませんでした。その上、福祉が染み込んでいる私は、社会人になってからも当然、よ〜く話を聞いて、父の思いを尊重して……という関わり方を続けていました」

痛みに耐えている様子の父親を見かねて、「もう、救急車を呼ぶからね」と石黒さんが言っても父親は、「大丈夫だ! 来ても乗らねぇぞ!」と拒否するばかり。

「このやり取りを何度も繰り返しました。父の状態がかなり悪いのは見て取れました。ただ、同居していない分、母ほどは理解していなかったのかもしれません」

石黒さんは、時間と労力と、仕事で培ってきた技法を駆使して精いっぱい説得したこと。それでも父親は、「大丈夫」と言っていること。これまでも、もっと体調が悪そうな時に、父親のやりたいようにさせて、回復してきたこと。そして、もしも強引に救急車を呼んで、父親が頑なに「乗らない」と拒否を続けたとしたら、とても迷惑をかけてしまうと想像してしまったこと……。これらの理由から、この日も諦めて自宅に帰った。