現代的な“好奇心ガールズ”

ところがプリンセスたちはそれを見て大喜び。「こうですか?」と、同じ動作を返してみせたのだという。「いいえ、もっとアゴをこう出して、アイーン! って」「アイーン!」「そうそう、上手です!」

プリンセスたちにとっては、校庭で、ちょっとお調子者の男子から生まれて初めて目にする面白い動作を教えてもらった、新鮮な出来事だったのだろう。「今日はこんなことがありました!」。彼女たちは、どうやらご自宅にお帰りになってから、それをご家族に向けて楽しく再現なさったようなのだ。

それから数日後、少年は両親と共に学校へ呼ばれ、血相を変えた偉い先生にこってりと絞られた。せっかく国民的なギャグ「アイーン」を教えて差し上げて、プリンセスたちだって喜んでくださったのに、文化的摩擦、いや、笑いの解釈における見解の相違があるとは残念なことである。

もともと自由な空気に適性の高かった少年は、中学校は別の学校へ進むことになった。やがて彼はヨーロッパへ、そして世界へと羽ばたいていき、その後は国内外のメディアで未来を担う世界の若者に選ばれるなどし、世界を舞台にできる新時代の起業家として注目されている。

新しいことを“品がない”として叱り、進取の気性の芽を摘むことが品格であり保守なのだと信じているとしたら、そんなルーティンに拘泥する文化にはイノベーションが生まれず、先細りする。私はそのアイーン話を聞いた時に思ったものだ。「なるほど、眞子さんも佳子さまも、根はとても好奇心が旺盛で、外向的な女の子なのじゃないか。ならば日本の皇室は、彼女たちには狭いだろうな」

眞子さんも戦っていた

その後、眞子さんが英語を公用語とすることで有名なICUに進んだ時点で、あれは明確な意思表示だったのだと受け取る事ができる。周囲は何カ国語も操る帰国子女や外国人ばかり。視野は確実に広がり、日本国内に閉じこもるのではなく世界を舞台に生きるのだと、海外志向は一種焼き付けられたも同然だ。眞子さんはそういう環境で、カナダ系インターナショナルスクールを卒業してきた小室圭さんと出会った。

日本中を激論に巻き込んだ小室圭さんとの結婚だったが、私は女友達と「眞子さんはああいうチャラっぽい普通の男子がタイプだったんだね〜」と笑いながらも、あの両親のもとで育った賢くて意志も強い長女の眞子さんは、彼女なりの確かなビジョンがなければここまで(ある意味国民を敵に回し、複雑性PTSDを負ってまで)戦わないだろうと感じた。眞子さんには、皇室を出て海外で暮らすのだという、確固たる自己イメージがあったはずだ。

そういうとき、女は戦えるものだ。あの結婚と国外脱出の件で、戦っていたのは小室圭さんじゃない、眞子さんだったというのは、女たちの中では早くからピンときた者が多かった。「これって、眞子さま主導だよね」「とにかく皇室を出たいんだろうなぁ」「コムKは、眞子さまだぁ……って新しい世界に有頂天になってたらいつの間にかこうなってて、もう後戻りできなくなった感じだね(笑)」

写真=iStock.com/Rattankun Thongbun
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