町医者は患者にとって神様以上の存在

どこも悪くないと言い張る母をなんとか説得して連れて行くと、看板こそ出ているものの、医院のたたずまいは住宅街に溶け込んでいた。

初対面の院長は見るからに温厚で頼りになるベテランの方で、患者への対応や問診にも心遣いと慈愛を感じ、幸運な出会いに心から安堵あんどした。血圧を測るのも血液を調べるのも「あら、何十年ぶりかしら」と、いちいち少女のように反応する母のまわりに笑いが起こり、初めての診察は無事に終わった。

優れた町医者はそれこそ“聴く力”のプロで、目の前の患者ひとりひとりを、人生の物語を紡ぐ存在として捉えてくれる。そして、個性や考え方や生きてきたみちのりを尊重して、病気によって自分らしさが失われていないか、現在の生活の満足度はどれくらいか、何が患者に不具合や苦痛を与えているかなどを探り、患者とともにどういう治療方法がベストかを見つけてくれる。

心身両面からサポートしてくれるこうした医師は、患者にとって神様以上の存在だ。心の安息にもつながるし、緊急時の不安も解消できる。

総合病院の医師とは機能も使命も患者の扱いも違う

母が亡くなるまでお世話になった渡邉良医師は、つねづね「総合病院や大学病院の医師は各臓器の主治医だが、町医者はひとの主治医であり人生の伴走者」と話していた。考えてみれば、大学病院などの専門医療施設と地域医療を主にする医院とでは、まったく機能も使命も患者の扱いも違ってあたりまえなのだ。そこを踏まえた上での対応だった。

平野久美子『異状死』(小学館)

例えば薬の処方の仕方。患者の性格や病歴や生活を定点観察して最低限の量を渡してくれる。亡くなる1年半程前から夜の眠りが浅くなった母に、睡眠導入剤や精神安定剤を処方してほしいと頼んでみたが、かかりつけ医は決してむやみに薬を処方しなかった。今後、認知症を進めてしまう副作用があることを家族に説明をしてなるべく薬以外の方法を家族に考えさせた。往診をいとわず、携帯番号を知らせていつでも連絡をしてかまわないと言ってくれた。治療の情報を患者の家族と共有して、より平等な関係で治療法を決めてくれるので、信頼も醸成された。

だが、母にはこれほどのかかりつけ医がいたにもかかわらず、ショートステイ先の施設で思いもかけなかった事故が起きて、異状死扱いとなった。かえすがえすも残念でしかたない。

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