原理原則とは、武道の「型」のようなもの

楠木 建●一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

ようするに、柳井さんの思考は目の前でおこっている具体的な物事と抽象的な原理原則の体系と常時いったりきたりしているのである。この具体と抽象の振幅の幅がとんでもなく大きい。振幅の頻度が高く、脳内往復運動のスピードが極めて速い。

戦略ストーリーを構築する経営者の能力は、どれだけ大きな幅で、どれだけ高頻度で、どれだけ速いスピートで具体と抽象を行き来できるかで決まる。具体的な問題や案件の表面を撫でている具体だけでは、優れた戦略ストーリーは生まれない。最終的な意思決定は常に具体的でなければならない。しかし、その一方で抽象度の高い原理原則がなければ、しかもきちんと言語化され、言葉で意識的に考え、伝えられるようになっていなければ、筋のよい戦略ストーリーはできないのである。

原理原則はルールではない。ましてやマニュアルでもない。それを適用していれば、自動的に答えが出てくるというものでは決してない。23ヵ条にある原理原則は、武道でいう「型」に近いものである。武道がどんな状況で、敵がどんなふうに来ても、「型」があれば対応できる。柳井さんは大きな決断にしても、小さな判断にしても、必ず23ヶ条に立ち戻って考える。だからぜったいにブレない。

ファーストリテイリングの社内の人に聞いた話だ。ひょんなことから15年ぐらい前のある会議の議事録が出てきた。議論の対象になっていることの内容はもちろん今とは異なる。当時のユニクロの商売は今と比べてずっと小規模であったし、商品も商圏も違っていた。しかし、その議事録も今読んでも、柳井さんの言っていること、とくに判断や意見の背後にあるロジックは驚くほど今と変わりなかったという。柳井さんの思考や判断がいつも同じ原理原則に立脚しているということを如実に物語っている。