指示語がわからなかった開成生
長文に書かれた事実関係を正確に読み取るには、文法知識も重要になります。
後に、開成中学校に合格し、現在は医師として活躍するA君を初めて指導したときのこと。
「『そんなこと』とありますが、それはどんなことですか?」といった典型的な「指示語」の問題に、A君は、十数行も前にある文章から抜き出して答えました。もちろん不正解です。
「“そのような”という指示語が指すものって、普通どこにあるの? 近く? 遠く?」と聞くと、A君は「遠く」と答えるので、私は面食らってしまいました。
文章においては、「指示語が指す内容は直前にある」のが大原則です。「それ」「これ」の指すものが何十行も前にある文章など、読みにくくて仕方ありません。
例外もありますが、基本的には直前の文章から指示内容を探していくのがセオリーです。指示語を正確に読み取るということは、読解の基礎の基礎であり、これができなければ文章を正しく理解することはできません。
ですが、A君は、塾で出される、例えば「それの内容を最もよく表す一文を書きなさい」といった、一見指示語の問題のように見えて、実は指示語の知識があるとかえって解きにくくなるように作られたいわば「操作された設問」によって悪い癖が付いていたのでした。
このような問いの場合は、たいてい、答えは指示語からずいぶんと離れたところにあります。
文章の主語がわからなかった東大理三生
こんなこともありました。
当時、東大理三を目指す浪人生だったB君は、ほかの科目は極めて優秀な成績であるのに、現代文だけが極端にできないというのです。
試しに小学5年生向けの問題を解かせてみたところ、それすらも満足に解けません。そこで、私はある一文を指し、「この文章の主語は何だと思う?」と問いかけました。
すると、なんとB君は、「日本語で主語って考えるんですか?」と答えたのです。
たしかに、日本語は、英語などに比べて主語の省略が多い言葉ではあります。
「(私は)コーヒーが飲みたい」
「(私も)昨日の夜、その番組観たよ」
など、普段の会話では主語を省くことがかなり多く、文章においても、主語の意識が曖昧なままでなんとなく読めてしまいます。
いっぽう英語では主語はほとんどの場合必要です。省略すると命令文になるなど、意味が変わってしまうこともあります。
また、英語のテストでは「どれが主語か」「どこまでが主語か」が出題されることが多く、英語が非常に得意なB君はこの種の問題にはきちんと答えることができるのです。
しかし、国語ではまるでその意識がありません。B君いわく、「国語の授業で“主語は何?”と問われたことがない」と言うのです。
私の塾では、お子さんと一緒に保護者の方も勉強してもらうことが多いのですが、一流企業に勤める聡明な方でも、文中の台詞をまったく違う人物の発言だと取り違えたまま読み進めていることも…。主語をしっかり意識しなければ、大人でも誤読してしまうことは往々にしてあるのです。
これは、指導する側の問題でもあります。
学校や塾でも、前述した「指示語」の指示内容は直前にある、という大原則や「主語」をはじめとする文法の指導にもっと時間を割くべきですし、日々の読解の指導の中で、反復して意識づけてあげるべきなのだと思います。
ちなみに、文法に意識的に取り組み、精読の方法を身に付けたB君は、翌年、見事に東大理三に合格しました。