放射線の影響を受けない生物は存在する

それでは2つめ、宇宙空間を飛び交う放射線はどうだろうか?

岩石の中にいる微生物にとっても、宇宙放射線はエネルギーが高く岩石の内部にまで侵入するため、大きな脅威だ。果たして放射線を浴びても微生物は生きのびることができるだろうか。

日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所の鳴海一成さんが、デイノコッカス・ラジオデュランスという細菌を使った実験で、この疑問を検証した。

デイノコッカス・ラジオデュランスは、放射線に対して強い抵抗力を持つ放射線耐性菌として知られている。鳴海さんが、シャーレにデイノコッカスと大腸菌をそれぞれ1000万個入れて、重粒子線と呼ばれる高エネルギーの放射線を浴びせた。

すると、大腸菌は死滅したが、デイノコッカスは生き残って増殖した。この実験から、デイノコッカスは10年間宇宙放射線を浴びても生きのびると考えられるという。

なぜデイノコッカスは生きのびることができるのか。それはこの細菌がDNAの修復を早めるタンパク質を持っているからだ。そのため、放射線を浴びてDNAの二重らせんが完全に切断されても、修復され、生きのびられるのだ。

「もしデイノコッカスのような放射線に強い微生物が火星に誕生していたとしたら、過酷な宇宙環境を生きのびて、地球までたどり着いたものがいたとしても、不思議はありません」(鳴海さん)

宇宙を飛び交う、放射線の問題も乗り越えることができそうだ。

火星から飛んできた隕石に残っていた証拠

しかし最後に一つ、大きなハードルが残されている。岩石が地球大気圏に突入するときにさらされる「熱」の問題だ。

大気圏から落ちてくるときの隕石の表面温度は、数千℃に達すると言われる。果たして微生物はこの極限状況を乗り切れるのだろうか?

カーシュビンクさんはこの問題を、実際に火星から来た隕石を使って検証することにした。そのために使ったのが、南極で発見された、ALH84001と呼ばれる隕石だ。

40億年前に火星のマグマだまりで結晶化し、地球に飛んできたと考えられている。この隕石は、大気圏突入でどれくらい熱せられたのか。その手がかりとなるのが、隕石に残る「磁場」記録だ。

カーシュビンクさんは、岩石の微小な磁場まで測定できる「磁気顕微鏡」を使って隕石の磁場から、隕石が高い温度で熱せられたかどうかを調べた。

磁場から過去の熱の履歴が分かるのは、次のような仕組みだ。岩石が冷えて固まるとき、その場所の磁場の方向が記録される。その後、地殻の変動などで形が歪んでも、記録は残ったままだ。

しかし磁場の記録は、高い温度で熱せられるとリセットされる。これを手がかりに、隕石の熱の履歴が分かるのだ。

カーシュビンクさんが大きな火星隕石の一部を調べたところ、隕石の表面に近い部分は磁場の方向が揃っておらず、バラバラだった。磁場がリセットされ、高い熱を経験した部分なのだ。

一方、隕石の内側は、磁場の方向が均一のままだった。これは磁場がリセットされていないことを示している。

「隕石が地球の大気圏を通過したとき、強烈に熱せられて、外側の約3ミリメートルの磁場を消し去りました。つまり熱はそこまでしか届かなかったのです。3ミリメートルより内側は、高い温度までは熱せられていなかったのです」(カーシュビンクさん)

さらに磁場のリセットが起こる温度を調べたところ、40℃だった。つまり、元の磁場が残っている隕石の内側は、40℃以下に保たれたことが明らかになったのだ。

「40℃以内なら、細菌はもちろん動物の卵でも生き残ることができます。われわれの祖先はこのような宇宙船で、地球に来たのでしょう」(同)