「とにかくあの土地はキャンセルしたい」
「素敵な場所ね。いいんじゃないかな」
奥さんの反応も上々で、旦那さんもうんうんとうなずいている。ほぼ確定ということで、その日に土地を仲介する不動産会社に買い付け証明(不動産購入申し込み書)をFAXする運びとなった。ただ、念のため、両親にも別日に一緒に見に行ってもらう予定だと言う。実際、土地を購入するお客のほとんどが案内された日とは別の日に何度も見に行くものである。
それでも宇野さん夫妻の様子を見れば、ここに決まったも同然。次の商談からは、やっと本題の建物の打ち合わせになる、そう確信していた。ところが、数日後、旦那さんから突然、キャンセルの連絡が入った。理由を聞いてみると「とにかくあの土地はキャンセルしたい」の一点張りで、それ以上のことは言わない。私に対しても妙な嫌悪感を示している。さらには、次の打ち合わせ自体も延期することになってしまった。
あれほど気に入っていた土地なのに、どうしてだろう? 私にはまったく見当がつかなかった。しかし、冷静に考えてみると、あの土地がキャンセルになったのはこれが初めてではない。しかもパターンがいつも同じなのだ。土地の案内までは盛りあがって決まりかけるが、最終的にダメになる。あれだけの好立地であの金額、決まらないはずがないのだ。
「以前、住んでた人はここで首吊って死んだんだよ」
この話を知った、自称・霊感の強い女性営業社員・沢田さんがこんなことを言う。
「あの土地のお客さん、キャンセルされたんだって? じつは私もお客さん連れて行ったことあるんだけどさ、嫌な感じがしたんだよね。私、直感でわかるの。あそこの土地は絶対イワク付きだよ」
そんなバカなと思いつつ、たしかに何かあるような気がしないことはない。納得のいかない私は宇野さん夫妻に直接、事情を聞いてみることにした。アポイントを取って自宅を訪問すると、ふたりの態度は冷ややかで私を信頼していない雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「私もこれ以上、宇野さまに土地をおすすめする気も営業をする気もありません。あの土地をキャンセルした理由だけ教えてください」
すると旦那さんは、私をにらみつけながらこう言ったのだ。
「屋敷さん、あのこと知ってて、あの土地を紹介したでしょ?」
私はなんのことかさっぱりわからず聞き返した。
「あのことってなんでしょうか? 何かあるんですか、あの土地に」
「あの土地、事故物件ですよね」
この言葉に私は混乱した。事故物件なら不動産屋にも告知義務がある。昔からつきあいのある不動産屋がそんな大事なことを私に伝えないわけがないのだ。私は即座に否定するが、旦那さんは冷ややかな態度でこう言う。
「あの土地に決めるつもりで、日曜日に両親を連れて見に行ったんです。そうしたら隣に住んでるおばあさんが出てきて、『以前、住んでた人はここで首吊って死んだんだよ。建物は解体されちゃったけどね』って」