しかし、自分が成長していくにつれ、安全基地的な内部モデルは変化していく。

例えば、お腹が空いて泣いていても、母親が手を離せなくて相手をしてくれない場合もある。あるいは、家事や仕事でぐったりと疲れている母親を目にすることもあるかもしれない。そうした経験を通して、安全基地であった内部モデルが、一人の人間としての母親像を形成していく。

つまりこれが、「他者」という存在の認識への第一歩となり、「心の理論」を呼び起こすきっかけとなるのだ。

「教養とは他人の心がわかるということ」

あらためて、内部モデルとは何か説明したい。

簡単に言えば、過去の経験に基づき、自分の外の世界の仕組みを脳内でシミュレーションする神経機構のことだ。

茂木健一郎『意思決定が9割よくなる 無意識の鍛え方』(KADOKAWA)

例えばタレ目の人と会ったとき、その人のことをよく知らなくても「なんか優しそうな人だなぁ」と思う。それは、「目が下がっている人は柔和な人が多かった」というこれまでの経験に基づいた内部モデルが働き、その人の人柄を推測していることに他ならない。

つまり、人との触れ合いとそれに伴う経験値、あるいは身につけた教養が豊かなほど、内部モデルのデータベースも豊富に蓄積されていく。それに伴い「心の理論」も成熟され、共感の幅が広がり、他者の感情を汲み取ることができる脳が育成されるのだ。

養老孟司さんはしばしば、「茂木くん、教養とは他人の心がわかるということなんだよ」とおっしゃっていた。それは決して情緒的な理想論ではなく、脳科学的な事実なのだ。

他者とわかり合うことは難しくても、自身の内部モデルを多彩に構築して、他者への共感力を高めることは可能なのである。

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