コミュニケーションの化け物

一方、木村は、鍵は上田であったと考えている。

「上田先生はコミュニケーションの化け物です。剛腕に見えるけど気配りがすごい。どこから聞きつけたのか、僕に5人目の子が生まれたときも真っ先にお祝いをいただきました。上田先生でなければ、他の科とも関係をつくれなかったのでは」

撮影=中村 治

上田のコミュニケーション力は、消防との関係でも発揮されている。救急にとって消防は重要なパートナーであり、救急の質は、消防の救急隊員が現場で下す判断に大きく左右される。

たとえば傷病者を一般病院に運ぶべきか、三次救急のとりだい病院に運ぶべきか。119番通報中の「呼吸が浅い」「胸が痛い」などの言葉でドクターカーやドクターヘリを要請したが、先に現場にかけつけたところ軽症に見えるので取り消すべきか。

これらの判断を誤ると、文字通り命取りになる。

判断の精度を高めるには、救急センターから消防に「この判断は的確だった」「このケースは、すぐにうちに運んでほしい」とフィードバックすることが欠かせない。ところが従来は情報共有が十分ではなかった。

「消防は組織がしっかりしているから、トップに話をすればナイアガラの滝みたいに現場まで情報が浸透していきます。重要な症例で、電話ではあかんなというときは、直接行って話します。すぐ近くにある(鳥取県の)西部消防にはよく行くし、中部消防にも車で1時間かけて行ってきました」(上田)

こうしてコミュニケーションを積み重ねた結果、救急隊員の判断の精度は向上した。これまでどこか遠慮があったドクターヘリの出動要請も、2018年の383回から、2020年は468回に増えている。

鳥取から世界レベルの救急を

センター内の意識改革や外との連携強化は実を結び始めている。3年計画最終年である2022年、上田が次の目標として掲げているのが、「誰が当直でも高いレベルの救急を提供できるようになること」だ。

上田はとり大病院赴任以降、プライベートで長期間、米子を空けたことがない。新型コロナウイルスで県境をまたぐ移動が難しいこともあるが、まだ上田なしではセンターが回らないからだ。「早く出雲まで遊びにいきたい」が上田個人の3年目の目標だ。

目指す頂は高い。

「最初は、『僕らはどうせ地方だから』と内向きになっているスタッフもいました。でも、もう都市部の救急センターと変わらない水準になった。僕が目指しているのは、さらにその先。世界から『あそこのセンターはすごい』と言われるようになりたい」

21年2月、自宅で火事にあい皮膚の95%にⅢ度熱傷という重い火傷を負った男性がセンターに運び込まれた。火傷は患者自身の健常な皮膚を移植する治療が一般的だが、広範囲になるとそれが難しい。

そこで残った皮膚から約4週間かけて培養して表皮をつくり、患部に貼りつけて救命に成功。この患者は9月にリハビリ専門の病院に転院した。

上田は京都アニメーション放火殺人事件で93%の火傷を負った被告もこの方法で治療した。今回はそれを超える広範囲であり、国内初、世界でも珍しい症例となる。地方でも世界レベルの救命ができることを示した格好だ。

後に続く医師やスタッフも育ちつつある。上田は2021年日本救急医学会の総会の座長に、木村を推薦した。木村は救急科専門医を昨年取得したばかりだが、上田は「経験を積んで全国で活躍してほしい」と異例の抜擢をした。

鳥取大学医学部附属病院パンフレット『トリシル』

木村は、上田が赴任してからの変化をはっきりと実感している。

「最初に上田先生から『世界に向けて』と言われたときは、世界って何だろうって思いましたよ。でも、一緒に仕事をしていくにつれ、この先生は本気なんだなと。僕らはまだ、上田先生が描くビジョンの一部しか見えていないかもしれない。

でも、いまはそこに向けてみんなが目線を合わせて進んでいる感覚があります。僕もぜひ期待に応えたい」

とりだい病院救命救急センターの目線はひたすら高い。

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