二刀流なだけでなく打ち方も非常識

大谷選手に感じる与太郎らしさの二つ目が「常識転覆力」です。

与太郎が出てくる落語に「道具屋」があります。今でいうフリーマーケットでしょうか、怪しいものを道端に並べて売るのですが、「壊れた時計」を売っていると、それを手にした客が「こんなの買ってもしょうがねえだろ」と言った時に、与太郎は落語史上に残るセリフを吐きます。

「そんなことないよ、壊れた時計だって一日に二度は合うよ」。

これは見事ですよね。10時10分で止まってしまった時計でも一日に午前と午後の二度は合うのですから。

「壊れた時計は役に立たない」という「常識」を転覆した与太郎ですが、大谷選手の夢だった「ピッチャーとバッターの二刀流で大リーグを狙う」こと自体見事に「規格外」です。

そして、ことに特筆すべきはあのゴルフスイングのような打ち方ではないでしょうか。あのフォームでホームランを量産する大谷選手も確実に「常識」を転覆しています。まずはレベルスイング(バットと地面を水平にする打ち方)を徹底して教えるはずのセオリーから完全に逸脱しているのですから。

あのアッパースイングで飛距離を出すためには尋常ではない肉体が前提となります。聞けば体重95キロでベンチプレスは224キロ、デッドリフトでは225キロを挙げるとのことです。私が現在、体重73キロでベンチプレス120キロですから、ほぼ倍であります(ま、56歳の落語家だということを考慮して褒めてもらえたら幸いですが)。

前例のない挑戦にはアップデートが不可欠

圧倒的なパワーを確保するためには圧倒的なウェイトトレーニングを課さなければなりません。大谷選手とはタイプの全く違うイチロー氏は、完全に筋トレ否定派でした。「野生のライオンは筋トレはしないでしょう」などとインタビュー番組で語っていたものです。おそらく大谷選手も肉体改造を企画しようとした時には、筋トレに否定的なコーチなどもいたはずです。もしかしたら、本人もかなり迷ったのかもしれません。

立川談慶『不器用なまま、踊りきれ。超訳 立川談志』(サンマーク出版)

さあ、ここで談志の名言「俺がここまで来られたのは、教えてくれた奴のダメさ加減に気付いたからだ」を代入してみましょう。無論教えてくれたコーチなどは決してダメではありません。そうではなく『不器用なまま、踊り切れ。超訳立川談志』(サンマーク出版)にも書きましたが、「師匠の欠点に気付いたら成長した証し」なのです。

教える側の方針を受諾するままだったら、常識の範囲内に収まるだけです。やはり「自分の夢を貫きさらなる高みを狙う」ためには、教える側の「常識」を常に転覆させてゆくべきなのでしょう。大切なのは「アップデートする」ことではなく「アップデートさせ続けること」なのです。