「家でライオンかトラでも飼っているかのようだったよ」

「やっぱりさ、人に話してもさ、どうしようもしてくれないよ。できない、できない。気の毒やねって言葉はかけるかもしれないけどさ。家のなかに入ってまで手助けしようなんて人はおらんよ」

他人に迷惑をかけるわけにはいかない。千枝子さんは、家のなかだけで問題を抱え込むようになっていった。そして、母親を追い詰めていった要因はこれだけではなかった。千枝子さんから「見てほしいものがある」と言われ、再び玄関に案内された。下駄箱脇に置かれた木製の棚だった。

千枝子さんは、「ほれ」と言って、棚にかけられていたクロスをめくる。驚いた。天板に大きな穴が一つ、空いている。

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「こんなもん、叩いて割れるもんじゃないやろ。かーっとなって拳で、バーン。治の手も血だらけや。何度も話そうとしたよ。聞かないんよ。ホントに」

千枝子さん自身も、作業所で仕事をすることを勧めるなど、治さんの生活を変えられないかと説得を試みたという。だが、反発する息子との関係は日に日に悪化していった。時に治さんは暴力を振るいながら、社会とつながることを頑なに拒み続けた。

15年前に夫が病気で亡くなると、一層手がつけられなくなる。強い態度で接することはできなくなった。穴が空いていたのは、玄関前の棚だけではない。家の壁、そして治さんの部屋のドアもでこぼこだった。

「家でライオンかトラでも飼っているかのようだったよ。怒ると怖くて、何も言い出せなくなってな。普段は優しいんだよ。だけど、生活をうんぬん言うと、もうだめなんだ」

千枝子さんは次第に、息子がいら立ちを爆発させ、いつか他人ひと様に迷惑をかけるのではないかと恐怖心を募らせていったという。

息子が亡くなってからも聞こえてくる「オイ」という呼び声

治さんから目を離せなくなり、趣味だった詩の会や町内会の集まりに参加することもなくなっていく。治さんのいた和室から、玄関を挟んで対面にある居間が、千枝子さんの定位置となった。年中出しっぱなしのこたつに座り、絵を描きながら、治さんの様子を見守った。

治さんは、用があると「オイ」と母を呼んだという。足が不自由だったことに加え、病気が進行すると、生活の多くを母に頼るようになった。千枝子さんは自分の時間を持てなくなったが、それも親としての務めだと話してくれた。

「やっぱり自分の子やからね。最期まで見ないと。誰も世話してくれない。そやけどな、いつかわかってくれるだろうと思っとったんだけどねぇ……」

夫が亡くなったことで、経済的にも苦しくなっていた。それでも、親としての責任を強く感じていた千枝子さんは、誰にも相談することなく、一人で背負い込んだ。千枝子さんは今も、一日のほとんどをこたつで過ごしている。もう習慣化していて、一番落ち着くそうだ。

ラジオを聞きながら、歌を歌ったり、体操をしたり。ただ、「オイ」という声は、ずっと耳に残り続けている。時々呼ばれた気がして、和室のほうを振り向くが、そこに治さんの姿がないことに慣れることができないという。

「ああ、自由になったんだなと思うよ」

と言いながら、千枝子さんは、どこか寂しそうだった。