男子マラソン・大迫傑は法人を立ち上げ人材育成ビジネスを

大会後、現役生活に別れを告げるアスリートは少なくないが、男子マラソンで6位入賞を果たした大迫傑(30)もそのひとりだ。今秋、「株式会社I(アイ)」を設立し、同法人の代表取締役に就任した。

現役中から未来のアスリートを育成する大学生対象プログラム「Sugar Elite」などを立ち上げていたが、今後は法人として活動を本格化していくようだ。主な事業概要は選手育成、アスリートマネジメント、地域活性化の3つ。誰かに雇われるというセカンドキャリアではなく、起業してスポーツに関わっていこうというわけだ。

30歳での引退は少し早すぎるのでは? という声もあるが、9月28日に行われたオンライン取材で、大迫は引退理由をこう説明した。

「追及し続けているとキリがないですし、ひとつの物語の終わりを作るのは大切です。今、終わりと言いましたが、自分が頑張ってきたことの延長線上でやりたいことも出てきた。今後はそっちに注力していくのもいいかなと思っています」

大迫は早稲田大学在学中から世界トップクラスの長距離ランナーが所属する「オレゴン・プロジェクト」に接触。大卒後、渡米して、アジア人では初めて同チームの一員に。日本の実業団を1年で退社して、プロランナーになると、トラックでは3000mと5000mで日本記録を樹立。マラソンでも日本記録を2度塗り替えた。

目標達成のために“最短距離”で突き進み、日本陸上界のスターになった大迫。セカンドキャリアでも同様のスタンスを貫くつもりで、今後については以下のように語っている。

「日本人が世界と戦っていくことを考えると、チームの枠にとらわれるのではなく、『Sugar Elite』のように速くなりたい人が集まり、切磋琢磨できるようなコミュニティが必要だと思っています。僕自身、米国やケニアでトレーニングしてきたなかで、ひとりで到達できることの限界を痛感してきました。所属の枠を超えてみんなで強くなっていく。お互いの足りない部分を補うモチベーションになって、質の高いトレーニングを行うことが大切じゃないでしょうか」

現在の日本陸上界は「日本代表」という枠組みで強化を担う部分があるものの、基本的には所属チームを軸にトレーニングが行われている。男子長距離の場合、実業団はニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)、大学は箱根駅伝(もしくは全日本大学駅伝)がチーム最大のターゲットだ。

しかし、本気で世界と戦うなら駅伝なんてやっている場合じゃない、というのが大迫の本音だろう。たとえ、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝で快走できても、マラソンランナーに与えられるワールドランキングのポイントの加算はなく、個人で目指すべき種目にダイレクトにつながるわけではないからだ。

「教育的価値を広げたい」大迫が引退後に“持続可能”な取り組み

日本長距離界は「駅伝」があることで、大学、実業団の全体的なレベルは高い。しかし、逆に言えば“駅伝縛り”があることで、トップ・オブ・トップの育成が遅れている感は否めない。大迫がやろうとしているのは、これまでの日本にはない“強化スタイル”。「オレゴン・プロジェクト」の日本版のようなイメージではないだろうか。

未来のアスリートを育成する大学生対象の前述のプログラムは、昨夏に8日間の「短期キャンプ」を行った。ビジネス的に成功するかどうかは未知数だが、「やりたい」ことを自分の力で取り組んでいく方法はアスリートの“新たなセカンドキャリア”といえるかもしれない。

指導者になりたいからといって、すでにトップレベルにある実業団や大学の監督を任されることはほぼないからだ。しかも、自分のチームなら解任されることはなく、会社都合で陸上部が休部に追い込まれることもない。本人の意思が続く限り、“持続可能”な取り組みができる。

大迫は日本全国を縦断しながら、小・中学生を指導するプログラムもすでに本格稼働している。参加料は無料で、開催地の企業が主にスポンサーになっている。「走ること」の楽しさやテクニックを教えるだけではなく、指導するアスリートを通じて目標にたどり着くため、夢を叶える上で大切な考え方を伝えて、教育的価値を広げたい、という。