家族同士の疑いは深まっていく

「翼、行こう」

真奈美は翼の手を引いて、台所にいる母親のもとへ向かった。

「ふざけんな! クソババア出ていけ!」

真奈美は敏子に向かって暴言を吐きながら、食器を投げつけた。翼も真奈美と同じように敏子を攻撃した。

「絶対許せない!」

真奈美と翼は、毎日のように敏子に暴力を振るい、暴言を吐くようになった。健一は、父と兄にも真奈美と翼は父の子ではないかもしれないという疑惑を植えつけた。

真奈美と翼がなぜ急にそんな態度を取るのか、身に覚えのない敏子は戸惑った。健一が何か吹き込んでいるに違いなかったが、家族は誰も健一を疑わず、敏子は家の中で徐々に孤立を深めていった。

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健一は父親に、自分と出会う前の真奈美は風俗店で働き、アダルトビデオにも出演したと噓をついた。そして、「自分が話をつければ動画が流出しないよう200万で買い取ることができる」などと言っては、父親から大金を騙し取っていた。世間知らずの父親は健一の話を信じ、真奈美のような娘と結婚してくれるのは健一だけだと健一を頼るようになっていた。

次第に村山家の家計は逼迫し、父親ひとりの給料で生活していくのは難しくなっていた。敏子が何度訴えても夫は聞く耳を持たず、長女と次男からの暴力と、夫や長男からの無視に耐えられなくなった敏子は、家を出ていくしかなかった。

「あいつの父親はヤクザだからちゃんと教育してやらないと」

邪魔者を追い出した健一は、さらに一家の支配を進めていく。村山家に寝泊まりするようになり、遊ぶ金欲しさに翼を働かせるようになった。

冬が近づいてきた頃、翼が台所で洗い物をしようとすると、

「お湯は使うな! お前が使っていいのは水だけだ、いいな!」

真奈美は、健一が翼を怒鳴りつけているのを見てしまった。

「あのな、悪いことしたんだから謝れよ」
「ごめんなさい」

翼が謝ると、

「なんだそれ? そんな謝り方あるかよ、お前何様だよ」

翼は、床に座り土下座をした。

「ごめんなさい……」
「は? 申し訳ございませんだろ?」
「申し訳、ございません」
「聞こえねえよ!」

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健一は、土下座をしている翼の胸を思い切り蹴った。苦しそうにしている翼に、健一は台所にあった洗剤を飲むように言い、嫌がる翼は、顔を殴られ続けていた。そして、一気に洗剤を飲み干すと、口から泡を吹いて、その場に倒れた。

健一は、口から泡を吹いている翼を見て笑い転げていた。凍り付いた表情で見ていた真奈美を、健一は寝室に連れて行った。

「これからは、俺がちゃんと翼を教育するから。あいつの父親はヤクザなんだ。ちゃんと教育してやんないと、いつかあいつもヤクザになって家族を攻撃するからな」

真奈美は衝撃を受けた。裏社会に詳しい健一の話なら間違いないはずだ。翼の父親はヤクザ……。真奈美はそれ以来、翼が健一から暴力を受けているところを見ても、どこかで仕方がないと思い込むようになっていった。