「上場を目指すほうがいいのではないか」と思ってしまう

僕はコロナ禍で、福岡に移住した。移住の理由は、複合的なのだが、同調バイアスを意識したことも理由の一つだ。

「日本は同調圧力が強い国だ」とよく言われる。しかし、同調バイアスの影響を受ける人が多い国民性、というのが正確ではないかと考えている。

同調バイアスとは、自分の持論に反したとしても、「みんながそう言っているから」と大勢の意見を支持することだ。これは、どんな人でも例外ではいられない。国や企業のトップであっても影響を受ける。しかし、みんなの意見がいつも正しいとは限らない。バイアスについて調べてきた僕も、気づくと同調バイアスに陥っていて、ハッとすることがある。

コルクを起業してから、ベンチャー起業家との付き合いが増えた。この10年、ベンチャーをめぐる環境は、飛躍的に良くなり、友人が次々、会社を上場させている。彼らとの付き合いからは、いい刺激を受ける。親友になった人もいる。誰も僕に上場をすすめたりはしない。なのに、そのコミュニティにいると、上場を目指すほうがいいのではないか、という疑念が湧いてくる。

僕自身はコルクを上場させようとは思っていない。「物語の力で一人一人の世界を変える」というミッションのために、上場という手段をとる必要はないと今は判断しているからだ。上場に関する問いは、一度しっかりと考えているはずなのだが、ベンチャーコミュニティにいると自然と同じ問いが何度も去来してきてしまう。ついには、上場を目指さないことは、自分の甘えではないか、という考えさえ頭をよぎる。僕にはそれをコントロールすることはできない。

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軸からブレないために、福岡に移住した

人は誰しも同調バイアスから逃れることができない。

できることは、その影響をなるべく受けず、本当に自分がやりたいことは何か、そのために今自分は何に時間を使うべきか、など大切にしている軸からブレないようにすることだけだ。

佐渡島庸平『観察力の鍛え方』(SB新書)

40代の10年間は、不惑の10年である。自分が何をする人なのか、自分で深く理解するために時間を使いたい。そのためには、住む場所から変えてしまうのがいいのではないか。そんなふうに考えて、福岡に移住した。

また、同調バイアスの影響について、自分だけでなく、周りの人が受けていないかにも意識的であるようにしている。ものづくりは、孤独な作業だとよく言われる。同調バイアスの影響を受けない中で作られるから、個性的なものができる。今まで、マンガ家と編集者は、一対一で話し合いをしていた。その環境も同調バイアスが生まれにくい。しかし、今の僕は、コルクスタジオという仕組みの中で、マンガ家たちとチームになって、一つの作品を作っている。クリエイターであっても、同調バイアスの影響は受ける。複数人で作っていると、よりいいものができるのではなく、同調バイアスで凡庸なものができあがってしまう危険は高まる。