「再現に失敗」と「心理的な効果がない」は違う

こうした批判に対してジンバルドーは、一般の刑務所では新入りの看守に対してはるかにきびしい指導をしていると反論し、「映画を思い出して演技しただけだ」との参加者の証言については、ジャーナリストの質問にこう反論している(※6)

(この参加者は)公にこういう発言をしています。「自分の想像できる限り最も酷い看守、最も残忍な看守になってやろうと思った」録画もされたインタビューでそう話しているんです。

また、「囚人たちは自分の意のままになる操り人形のようなもの」と感じていて、だから怒って反乱を起こす瀬戸際まで、最大限ひどい仕打ちをしてやろうと思っていた、と言っています。

反乱は起きなかったので、彼の態度が和らぐことはありませんでした。酷い虐待はずっと続き、日に日にエスカレートしていきました……

実験から40年以上たって、参加者の記憶が改変されていたり、解釈が変わっていることもじゅうぶんに考えられる。かつての参加者の証言を無条件に正しいものと決めつけることはできないし、「再現に失敗した」ことと「心理的な効果がない」ことは同じではない。

「科学的な真実」がどこにあるかを見極めるのはきわめて難しく、再現性に疑問が呈されている心理実験をすべて否定してしまうと話が進まなくなるので、本書では一定の留保をつけて引用することにしたい(※7)

※6 ジョン・ロンソン『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』光文社新書
※7 再現性問題全般についてはStuart Ritchie (2020) Science Fictions: How Fraud, Bias, Negligence, and Hype Undermine the Search for Truth, Metropolitan Booksを参照。

無意識の驚異的な「直観知能」

フロイトは無意識(イド)を、混沌とした性的欲望(リビドー)の渦のようなものと考えたが、いまでは「無意識にも高い知能がある」ことがわかっている。このことは、次のような実験で確かめることができる。

実験参加者は、コンピュータを使った簡単なゲームをするよう求められた。モニタは4分割されていて、そこに「X」という文字が現われると、その位置に対応する4つのボタンのどれかを押す。

参加者は「X」がランダムに表示されると思っていたが、じつは12パターンの複雑な規則に従っていた。たとえば「X」が同じ区画に2回続けて現われることはなく、3番目の提示位置は2番目の位置に依存し、4番目の提示位置はそれに先行する2つの試行に依存し、少なくとも他の2つの区画に現われるまで元の場所に戻ることはなかった。

ところが不思議なことに、実験が進むにつれて参加者の成績は着実に伸びていった(「X」が画面に現われてから正しいボタンを押すまでの時間がどんどん短くなっていった)。

これは参加者が「学習」していることを示しているが、なぜ成績がよくなったのか訊ねても、複雑な規則の存在はもちろん、自分がなにかを学んでいることすら誰ひとり気づいていなかった。

次に研究者は、突然、規則を変更して「X」が現われる場所を予測する手がかりを無効にしてみた。すると参加者の成績は大きく低下した(ボタンを押すまでの時間が長くなった)が、なぜ課題をうまくこなせなくなったかは誰もわからなかった。

より興味深いのは、参加者の全員が心理学の教授で、自分がやっているのが無意識の学習に関係していることを知っていたことだ。それにもかかわらず、心理学の専門家たちは自分がなにを「学習」し、なぜ急に「学習」が通用しなくなったのかまったく理解できなかった。

教授のうち3人は「指が急にリズムを失った」といい、2人は研究者が注意をそらすためにサブリミナル画像を瞬間的に画面に映したにちがいないと確信していた(※8)

この印象的な実験は、IQ(知能指数)テストで計測される「言語的知能」「論理・数学的知能」のほかに、「直観(パターン認識)知能」とでもいうべきものがあることを示している。

それは「多数の入力情報を素早く非意識的に分析し、その情報に効果的方法で反応する」能力で、「職人の知恵」「暗黙知」というのは多くの場合、この直観知能のことをいうのだろう。

※8 Pawel Lewicki, Thomas Hill and Elizabeth Bizot (1988) Acquisition of procedural knowledge about a pattern of stimuli that cannot be articulated, Cognitive Psychology